今回紹介するのは、「右翼ダイヂェスト」という本である。「窓口担当の方々の御参考に」様々な右翼の団体名、所在地、構成員、関連団体等の情報をまとめたものである。
「某当局」の調査によるとされ、いかにも怪しい代物だ。この本の注目すべき点はその内容ではなく、作者のことだ。この本の作者こそ京極公大こと坪田義嗣、つまり部落地名総鑑の作者なのである。
「第一の部落地名総鑑」とも呼ばれる「人事極秘 部落地名総鑑」の売り込みチラシは「企業防衛懇話会」という団体名で出されていた。この右翼ダイヂェストにも、企業防衛懇話会とある。
「終わってはいない「部落地名総鑑」事件」(解放出版社)によれば、坪田氏は、部落地名総鑑を作った理由について、解放同盟に次のように語っていた。
昭和五十年だったか、四十九年だったか、右翼関係のリストとか総会屋関係のリストをつくって出版したときに、わりあいに出版というものは簡単にできるんだなということがわかり、こんどはこれをやってやろうかなと、浅はかな考えを持ったのがはじまりなんです。
この「右翼関係のリスト」というのは、右翼ダイヂェストのことと見て間違いないだろう。
この本は部落地名総鑑と同じ印刷所で作られたと見られ、表紙は青色のレザック(皮のような風合いのある厚手の紙)に黒い「極秘」の文字だけある。本文は、中扉にだけ色紙が使われている。
印刷方法は「タイプ印刷」と見られる。
当時は今のようなDTPは普及しておらず、商用印刷と言えば活版印刷であった。しかし、右翼ダイヂェストは字がややにじんでおり、普通の商用印刷物よりも明らかに品質が悪く、活版で印刷したようには見えない。
当時、少部数の出版物を印刷する方法は謄写版が一般的であった。1980年代ごろまで、ロウ紙に鉄筆で書いたものを原版とする、いわゆるガリ版も謄写版の一種である。タイプ印刷は、鉄筆ではなくて和文タイプライターを使って原版を作成したものである。それでも所詮ガリ版と同じ印刷方法なので品質はあまりよくないが、職人が活字を組むよりは安くつくメリットがある。
本の内容も時代を感じさせる。今となっては「右翼」と言えば「ネトウヨ」のようなものを連想してしまうが、当時の右翼のイメージと言えば、もっぱら総会屋やヤクザの一種である。当時の労働運動や政治運動は今よりもっと激しかったが、政治活動ということで多少過激なことをしても警察もお目こぼしをすることが多かったので、反社勢力は政治団体を名乗り、企業を恐喝する時に政治活動という体裁を取ったのである。
右翼ダイヂェストは、そのような団体から企業を防衛するため、要注意団体を識別するための資料として企業に売り込まれたものであろう。
今となっては誰も著作権を主張しないと思われるので、全内容を公開する。坪田義嗣氏の足跡を感じ取って頂きたい。