前編では志木市市議会議員に当選した多田光宏氏の政治的な背景が概ね理解していただけたかと思う。しかし、まだ疑問は残っている。それは、「なぜ志木市市議会議員に当選できたのか」ということだ。
なぜ志木市なのか、という点を問うと、答えは単純だった。
「たまたま、志木市の選挙の時期だったからです」
当選の見込みがあるNHKから国民を守る党は都市部を中心に、落下傘候補を送り出している。そのため、どの自治体かということは重要ではない。多田氏も昨年の12月に急遽志木市に引っ越して、選挙に臨んだ。
そして、多田氏の場合は党からは、選挙管理委員会に提出する被推薦書を1枚書いてもらっただけで、それ以外は党から特別何かもしてもらったわけではないし、逆に党に多額の金銭を納めることもしてしないという。
選挙にかかった費用といえば、選挙コンサルタントに支払った着手金30万円、成功報酬50万円。そして、コンサルタントに紹介してもらった業者によるビラやポスターの製作・印刷費用、ポスティング費用、選挙カーのレンタル費用等だ。概ね200万円を要したという。
多田氏自ら行ったのは、ビラの配布、街頭演説、個別訪問という基本的なことで、志木市に来てから3ヶ月、毎日のように行ったという。そこまで情熱を傾けることができた理由の1つとして、この選挙は勝てるという確信があったからだ。
「どうしてかと言うと、ビラがものすごい捌けるんですよ。1日200枚とか、300枚、これが毎日のようにずっと続く」
NHKから国民を守る党には他の党にはない強みがある。公職選挙法により、投票依頼は選挙期間中はできないが、反NHKの運動ならいつでもできるので、候補者名が書かれていないビラなら年中配ることができる。しかも、このビラが地域によってはものすごく捌ける。
そもそも、有権者に候補者の名前を覚えてもらうことが目的ではない。投票所に「NHKから国民を守る党の誰々」ということが掲示されるので、その場で党の名前を見て候補者の名前を書いてもらえばよいのである。
想定する主な支持者は「NHKの集金人が嫌いな人」である。多田氏によれば、「NHKの集金人のしつこさ」には地域差があるのだという。反NHKビラの捌け具合はそれを反映するもので、この地域でビラが捌けるとういうことは、それだけNHKの集金人に反発する人が多いということだ。
ビラと一緒に「NHK集金人撃退ステッカー」も配っている。これも持っていく人が多くて、今回の選挙では1万枚作成してもまだ足りなかったという。
1つの政治問題に狙いを絞った選挙をシングルイシュー選挙と言うが、さまざまな政治問題の中でも反NHKというのは特別なイシューなのだという。
「自民党はもちろん、共産党でさえNHK解体しようなんて言わないでしょ。これが反原発とか、反安保だったら、票がみんな共産党に流れちゃう。でも、反NHKは既存の政党の受け皿がないから、NHK嫌いな人はみんなこっちに入れてくれるんです」
戸別訪問先で、ステッカーを張っている家もちらほら見るという。一方、「志木市の市議会選挙とNHKがどうして関係あるんだ」という批判が出そうなものだが、これが意外に少なく、そのような批判は「3回しかなかった」というのだ。
「(反NHKについて)応援する人と、無関心な人と、受信料払わないなんてダメじゃないかと怒る人と、3種類だけです」
しかも、怒る人に比べれば、応援する人の方がはるかに多いという。
しかし、それでも多田氏は最下位当選するのがやっとだった。当選できたのは、他の要因もあった。
「志木市の場合、現職が1人(選挙)直前になって引退したんです。それがなかったら当選できなかったですね。それから、僕みたいな落下傘候補でも、若い人に入れたいと有権者は考えるんです。大阪でも党から出た候補がいたんだけど、その人が60歳くらいだったんですが落選しました。そのくらいの歳だとバックに組織がないと無理です。組織がなくても戦えるのは、せいぜい40代くらいまで」
さて、ともかく当選した以上は市議会議員としての仕事をしなければならない訳だが、そもそも多田氏は率直なところ志木市についてまだほとんど知らないという。落下傘候補として突然市にやってきたのだから無理からぬ事だ。ただ、以外にも他の会派からの誘いがあったり、地元のイベントへの出席依頼があるのだという。
イベントの出席については呼ばれたら出ているのだが、会派については様々な理由で留保している状態なのだという。志木市議会の最大会派は「しきの会・維新」で、自民党が支持する議員もこちらに入っている。そのことについて、多田氏はこう語る。
「(NHKから国民を守る党に所属する地方議員の)立花さんも大橋さんも自民党系の会派に入っています。でも、反NHKが自民の会派に入るなと怒る人がいるんですよ」
つまり、「NHK利権を守っている自民党の仲間に加わるとは何事か」と支持者から言われてしまうのである。
「それから、志木市議会のホームページを見ると、「NHKから国民を守る党」って載っているんだけど、他の会派に入ってしまったらこれがなくなるんですよ」
前述の通り、NHKから国民を守る党は、候補者の名前ではなくて、その党名のインパクトゆえに支持されている党である。そのため、個人としての多田氏の名前を売るよりも、党の存在感を示すためには、議員としての活動に制約があっても、1人会派でいる方が都合がいいという考え方もあるのだ。
多田氏が当選して、最初の議会は6月に行われる。そこで何を質問したいか問うと、それは多田氏が実感した選挙に関する問題だ。
「期日前投票が、志木駅で出来るんだけど、その宣伝がされてない。看板もないからどこが投票所か分からない。それで選管に文句を言ったら、A4の紙が貼りだされただけ。さらに文句を言ったら大きくなったけど。そもそも選管にやる気がない」
埼玉県は選挙での投票率が低い。ここ10年は知事選挙でも30%を上回ることはなく、これは東京都よりも20%程も低い。選管にやる気がないから投票率が低いというより、政治に無関心な風土が選管のやる気のなさに反映されているのかも知れない。
さて、NHK利権の解体を訴えて当選した多田氏ではあるが、無論、志木市の市議会議員という立場だけでそれを実現することは不可能である。しかし、ワンイシューで選挙に臨んだ候補者が当選後、純粋に市議会議員としてどのような活動をするのか。志木市民はぜひ関心を持つべきだろう。