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Channel: 宮部 龍彦 - 示現舎
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洲本5人殺害事件論告求刑公判平野達彦被告が「エタ」を連発し裁判官から止められた

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「昔も今もエタというのは犯罪者…」

検察から死刑を求刑された後、平野達彦被告がそのように淡々とノートに書いた文章を読み上げていると、長井秀典裁判長が「被告人! 被告人!」と読み上げを中断させた。

「被告人、さきほどから使っている言葉は差別的な表現と考えられるのでやめてもらわないと」

裁判長からそう諭された平野被告は、「どの部分?」と裁判官に質問した。

「エタという言葉はもう使わないでください」

そう裁判官から言われた平野被告はしばらく考えた後

「同和という言葉では?」

と提案した。

「では、今まで言った部分も同和という言葉に置き換えます」

その後、平野被告は裁判官の指示を忠実に守って、「エタ」を「同和」に置き換えて話を続けた。

「昔も今も同和というのは犯罪者であり、この事実が目立たないようにするために犯罪者勢力である同和勢力が私達に対して精神工学戦争を…」

――これは、3月3日に神戸地裁で行われた洲本5人殺害事件の論告求刑公判の一場面である。最初から皆が気づいていたことだが、この事件の被告、平野達彦は明らかに「悪人」というよりも「狂人」である。公判では「ブレインジャック」「集団ストーカー」「電磁波攻撃」「テクノロジー犯罪」「精神工学戦争」といった言葉を繰り返し、独特の世界観を展開してきた。

その言葉に、裁判官、裁判員、報道記者、遺族の誰もが困惑していた。

休廷する度に記者が電話でデスクと会話するのだが「これで校閲を通りますか?」と言っているのが度々聞かれた。記者が困惑するのも無理はない。5人が殺害されたという凶悪な事件にも関わらず、法廷の様子をありのままに伝えれば、もはやそれは「喜劇」になってしまうからだ。それだけ、平野達彦という男は狂っている。無論、この「狂っている」という表現も、まず新聞社の校閲を通らないだろう。しかし、それしか表現のしようがない。

法廷には度々異様な空気が流れたが、特に異様だったのが冒頭の場面である。

「エタという言葉を5連発した時、3人の裁判官が何やら話していたので、これは何か来るかと思ったら、やっぱり止められましたね」

裁判を傍聴した人はそう語る。平野被告は、論告求刑で死刑を求刑された後、裁判官から「被告人は言うべきことはありますか?」と言われ、法廷に持ち込んだノートを読み上げ始めた。内容は当然先述の「集団ストーカー」「電磁波攻撃」といった言葉の繰り返し。話があちこちに飛んで、前後の脈略がないこともあった。

平野被告は「1970年以前から活動している日本国政府工作員」の話を始め、「同和勢力」として部落解放同盟、自由同和会の名前が出た。平野被告によれば、それらの団体が標的を精神病、危険人物などとでっち上げて追い込むのだという。「5連発」というのは次のような発言に加えて、冒頭の発言である。

「昔からエタ連中は差別されていると主張してますが、事実だったとしても人体実験を兼ねた精神工学戦争を行う口実にはなりません」

「エタ勢力は精神工学戦争を行っています」

「エタと呼ばれている人でも精神工学戦争の被害に遭っている人はいます」

「エタ公は公権力を不正に使用し社会的信用を奪っている」

「エタ」というのは、もちろん穢多のことである。このまま発言させるのはまずいと裁判官は感じたのか、裁判官は「エタ」という言葉を使わないように注意した。そして、平野被告は律儀にも以降はエタを同和と言い換えた。無論、同和と言い換えたところで、狂った発言であることには何も変わりないのではあるが。

ただ、裁判所が「エタ」という発言に敏感なのは理由がある。戦前、裁判所には同和に関わる「差別的用語」には注意するように司法次官からお達しがされている。これは昭和8年のことであるが、今でも影響を及ぼしており、裁判所としては調書に「エタ」という言葉を書きたくなかったということだろう。公判は終始録音されており、後で書記官が調書に書き起こすことになるのだが、おそらく平野被告の発言は「エタ」を「同和」に書き換えて裁判記録にファイルされるのだろう。

いずれにしても、平野被告は精神に病を抱えている。法廷の誰もがその確信を増したはずだ。このことは、皮肉にも平野被告にとっては有利になる。

裁判員裁判では量刑が従来よりも重くなる傾向があることは知られているが、その一方で2012年に大阪地裁での裁判員裁判で被告がアスペルガー症候群であることを理由として量刑を重くしたことに対して精神障害者団体等から批判があり、高裁では逆に量刑が減らされたことがあった。このような経緯があることから、裁判所は精神障害者が被告となる裁判では慎重になると考えられ、死刑が回避される可能性もある。特に「エタ」発言に配慮するような裁判官であることから、よりその可能性は高いだろう。

ただ、いずれにしても無期懲役よりも軽くなることはあり得ない。また、かつては無期懲役では20年程度で仮釈放されることが多かったが、最近では仮釈放されることがほとんどなくなり、終身刑に近い状態になっていると言われる。たとえ平野被告が無期懲役になったとしても、5人を殺害したという重大な事件である上、平野被告は全く改悛の情を見せていないことから、仮釈放はあり得ないだろう。

判決は3月22日午後4時に言い渡される。焦点は死刑が回避されるかどうかだ。

刑事裁判が決着したとしても、この事件は終わらず、遺族が兵庫県や洲本市に対して、平野被告に対して十分な対応をしなかった責任を問うために行政訴訟を起こすのではということも関係者から聞かれる。確かに遺族からは、平野被告が事件を起こす前兆があったのに事件を防げなかった「無能な兵庫県警」(遺族の意見陳述より)に対する批判があった。

現在、国会では措置入院後のフォロー体制を強化するために精神保健福祉法改正の議論が行われている。平野被告も2回措置入院がされているので、今回のケースは法律改正の議論を行う上でも重要な事例と言えるだろう。しかし、それほど重要な事件であるにも関わらず、いわゆる一般のメディアがこの事件の扱いに二の足を踏み、議論も深まらないことが残念なことである。


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