未だに切れない同和と企業の関係。なにが「えせ同和」か、そうでないのか、切り分けることは不可能だ。関係者の証言と独自入手したデータから、5回にわたって検証する。
シリーズ一覧
第1回 部落地名総鑑事件から始まった
第2回 同企連の会費と講演料
第3回 NTTと同和
第4回 同和と企業は持ちつ持たれつ?
最終回 同和に対抗できる企業とは?
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同和と企業は持ちつ持たれつ?
もう1つの疑問、同企連会員企業の中には部落地名総鑑を買っていない企業もある。そのような企業はどのような経緯で同企連に入ったのだろうか。
1990年代、社団法人部落解放・人権研究所が発行する月刊誌「ヒューマンライツ」に、「ザ・企業訪問」というシリーズ記事が掲載されていたことがある。その中で、各同企連会員の担当者が自社での同和問題に対する取り組みを語っている。当然「実は当社は部落地名総鑑を購入していて…」というパターンが多いのだが、中にはそうでないものがある。それでも、何らかの差別事件を契機としていることが多い。
例えば富士火災海上保険。これは1982年4月に発覚した「損害保険リサーチ差別事件」がきっかけである。これは大手損害保険会社が共同で設立した株式会社損害保険リサーチが社員の身元調査をして、部落出身者を辞めさせるための工作をしており、さらに社内向けの冊子に「解放同盟は怖い」「トラブルや同和は避けること」といった記述がされていたとして、損害保険会社19社が糾弾された事件である。
カネボウの経緯に至っては、部落問題とは直接関係がない。これは1987年に「黒人差別をなくす会」からガムの包装紙が黒人差別にあたると指摘を受け、商品の生産中止と回収により会社が大損害を被ったことが契機とされている。
ちなみに、この「黒人差別をなくす会」は、大阪府堺市の小学生の発案で作られた団体で、もちろん黒人による団体ではない。しかし、出版社など様々な企業に「黒人差別である」とクレームを入れて、その結果黒人に関するあらゆる表現が自粛された。まさに、80年代、90年代に吹き荒れた、「言葉狩り」と呼ばれる人権にからむ表現規制を象徴する団体である。
電通は1983年9月に京都新聞に掲載された広告で、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の中に出てくる、被差別民を意味する「ちょうりんぼう」という言葉を用いたため、広告代理店として司馬遼太郎もろとも糾弾されたのがきっかけである。
「当たり前田のクラッカー」で知られる前田製菓の場合は少し変わっている。前田製菓は大阪でも2,3番めの規模の同和地区である堺市協和町に工場があり、そのことが同和問題の解決に熱心な理由の1つであるという。
また、最近になって同企連に加入した企業もある。コカ・コーラウエストは、大阪府八尾市で社員が「同和地区の自動販売機は壊されやすい」と発言し、解放同盟から糾弾されたことが発端となり、2012年に大阪同企連に加入した。その他、最近大阪同企連に加入した企業としては医薬品・医療機器取扱業者のアルフレッサがあり、東京人企連にはドン・キホーテ、吉本興業、ライジング・プロといった企業が2010年以降に加入している。
企業の名前を見ると、同和問題以外の不祥事を起こした企業も目につく。例えばドン・キホーテは2004年に放火事件があり、被害者だったにも関わらず店舗の防火体制等が批判され、さらに2010年には放火事件の遺族への対応をしていた役員が、遺族対応に関するコンサルタント料と偽って横領事件を起こした。また、吉本興業と言えば2011年には所属タレントの島田紳助等と暴力団との交際が取り沙汰され、ライジング・プロも暴力団との関係を取り沙汰された過去がある。東京人企連の会員名簿には2000年に食中毒事件を起こした、雪印メグミルクの名前もある。
ちなみに、2011年に原発事故を起こした東京電力、2015年に粉飾決算で揺れている東芝も、以前からの東京人企連会員企業である。
雪印メグミルクに入会の経費などについて聞いてみたところ、次のような回答で、やはり答えてはもらえなかった。
「企業として人権問題により取り組むために入会しています。ただ、いつ入会したとか、会費についてはご容赦頂ければと思います」
ドン・キホーテにも聞いてみたが、やはり同じことだった。そこでさらに、「役員の横領事件は関係あるのか」「差別事件を起こしたのか」と聞いてみると、このような答えだった。
「それは関係ありません、同企連がもともと差別事件を起こした企業により設立されたという経緯は承知していますが、今はそのようなこととは無関係に加入している企業もあります」
差別事件とは無関係に加入する企業とは、どのような企業なのだろうか。
思い当たるところがあるとすれば、いずれも芸能プロダクションである吉本興業とライジング・プロである。奇しくも2015年8月、吉本興業は法務省人権擁護局と共に「人権啓発WEEK」を展開し、所属芸人による人権啓発活動を行った。このことは、吉本興業が東京人企連に加入したことと無関係ではないだろう。
実は、人権啓発は芸能人にとっては魅力的な市場なのである。「人権教育啓発推進法」に基づいて政府や地方自治体の機関が各地で講演会などを行うが、そこで担当者を悩ませるのは、人が集まらないことである。そこで、最近では漫才師や落語家等を呼ぶことが多い。これは、同企連会員企業が同和研修を行う場合も事情は似通っている。
つまり、同企連にとっては芸能プロダクションと協力することで同和研修に人を集められる、芸能プロダクションにとってはギャラが手に入ると、まさにウィン・ウィンの関係だ。そう考えるとつじつまが合う。
実際、同企連に入ることで営業的なメリットがあるのか吉本興業に質問したが、回答は得られなかった。
一方、企業の合併や組織の再編に伴うものを除けば、同企連から退会する企業はほとんどない。最近の唯一の例は、2015年に大阪同企連から退会した大津コーポレーションである(ちなみ、大津コーポレーションの大津は大阪の泉大津のことで、滋賀県大津市とは関係がない)。大津コーポレーションと言えば、社名が大津工業だった時代に最初の部落地名総鑑を買っており、1978年の設立当初からの大阪同企連の会員である。それがなぜ今になって退会したのか、試しに経緯を聞いてみると、別に筆者の側から「何か問題があったのか」と聞いたわけでもないのに関わらず、こんな答えだった。
「それは別にうちの問題だからよろしいちゃいまんの。理事会とも話をさせて頂きまして、穏便にさせて頂いてます。何の問題もないです」(大津コーポレーション担当者)
同和にからむトラブルを起こした企業の担当者というのは、概して口が固い。とくに最近は「コンプライアンス」「秘密保持」がやかましく言われるので、その傾向は強くなっているように感じられる。
しかし、前出の北口末広氏は、著書「必携エセ同和行為にどう対応するか」(解放出版社、2006年7月10日)で次のように書いている。
「企業や団体などにおいて人権侵害事象や差別的な行為が発覚した場合、これらを覆い隠すのではなく真摯に反省し、公表するということです。企業や団体などの人権性、合法性、倫理性、公式性、公開性の逸脱による弱みを覆い隠そうとする行為がエセ同和団体につけ込む隙を与えるのであり、その場しのぎの対応が問題の傷口をより一層広げてしまうことになるのです」
これについては、確かに北口氏の言うことは正しい。最初から公表してしまえば、この事実を公表するぞといった脅しはできなくなる。
また、よくも悪くも、大抵の場合「差別事件」が直接企業与える損害というのは小さく、企業ブランドに対する影響も案外小さいのが実情である。こう言っては身も蓋もないかも知れないが、顧客のなかでも「マイノリティ」の意見は、いくら声が大きくても多くの顧客には関係のない事柄であったりする。さらに、多くの「差別事件」というのは、企業が顧客の信頼を裏切ったわけではなく、顧客でもない者が、商品やサービスの品質とは直接関係のない事柄について「それは差別だ」と難癖を付けるだけのケースだ。
最近糾弾された企業はどうか? 例えば2013年から「Y社住宅販売」という名前で度々解放新聞に掲載されている、群馬県の中古住宅販売会社の「株式会社カチタス」は、和歌山県に間違って社内文書をファックスした。その文書に、ある物件について「同和地区であり、需要はきわめて低くなると思われます」と書かれていたことから「差別事件」として解放同盟に糾弾された。当時は「株式会社やすらぎ」という名前で、その後社名変更したので、「Y社」なのである。
筆者がカチタスに電話し「部落解放同盟担当の方はいらっしゃいますか?」と聞くと、確かに「部落解放同盟担当」はいたのだが、差別事件については「弊社からお答えすることはない」という回答であった。「公表」とは程遠い状況である。
ところで、なぜカチタスは糾弾されたのか? 最近は解放同盟は「土地差別」なるものを大々的に取り上げており、不動産業者など土地に関わる企業が次々と糾弾のターゲットになっている。もちろん、糾弾された企業は、何らかの形で同和地区に関わった企業である。これでは、むしろ同和地区に関わることを手控えさせるだけで、逆効果と思わざるを得ない。