さて、神奈川県において「貧困」と言えば、知る人ぞ知る場所がある。貧民街として知られる寿町だ。
寿町は横浜の中心街の南端にあるが、周辺には横浜市役所、横浜スタジアム、中華街があり、ビジネスマンや観光客で賑わう地域の一角だけが、異世界のようになっている。そのたたずまいは大阪のあいりん地区によく似ていて、ここにあるのは「相対的貧困」というよりは「絶対的貧困」だ。
神奈川県における貧困とは?
寿町でケースワーカーをしていたという人物はこう語る。
「神奈川県が何をやっているのかは把握してないです。(横浜市は政令指定都市なので)貧困対策はハローワーク以外は市の管轄ですからね」
寿町について言えば、若い住民は少なく、65歳以上の高齢者がほとんどだという。寿町には民間の保育所があるが、特に「子どもの貧困」と縁があるわけではなく、ただ特徴と言えば中華街が近くにあるので外国人の子供が非常に多いということだ。
「寿町には生活保護世帯が多いですが、たまに母子家庭があってもここにはとどまらないで、自立してどこかに引っ越していきますね。長い間いるのは高齢者や障害者です」
生活保護と言えば、筆者が以前から気になっていることがある。それは、メディアの報道され方だ。例えば2013年には朝日新聞に「月29万円の生活保護では、2人の子どもに劣等感を持たせずに育てるのは難しい」と訴える女性の記事が掲載されたが、衣服や娯楽、携帯電話に多額の支出をしていることからインターネットで批判がまきおこった。他にも生活保護世帯を取り上げたテレビのニュースで、毎月回転寿司屋に行っていたり、見切り品とはいえ焼肉用の肉を大量に買っていたりといった映像が流され、その度に批判がまきおこった。そして、NHKによる“うららちゃん”報道である。このようなものを見て、どう感じるのか。
「マスコミの人は高級取りだからよく分かっていないし、面白おかしいものだけを取り上げようとするからではないですか。確かに、生活保護者と知られたくないので、良い身なりをしようとする人はいます。ただ、月に1回回転寿司なんてそんなのないですよ。若い人で生活保護を受けるのは、ほとんどは病気、特に精神病を抱えている人です。精神病というのは医学の限界なのか、どうにもならないと感じることがありますね」
ということは、典型的な生活保護受給者は身寄りのない老人や病人であって、子供がいるような世帯はごく一部で早々と自立していくということになる。ただ、満足に働けないような老人・病人がメディアに登場して不平を訴えるという状況は考えづらい。また、「画的」にも面白くないだろう。メディアの貧困報道が偏ったものになる原因は、このようなことにありそうだ。
炎上騒動のあと、会議は非公開に
“うららちゃん”炎上の後、「かながわ子どもの貧困対策会議」は2016年9月30日と2017年3月21日に行われたが、いずれも非公開であった。また、会議の構成員であるはずのNHKの戸田有紀記者がいずれの会議にも参加していなかった。ただ、委員の1人を取材すると、NHKの報道がどのような経緯でされたのか何も聞かされていないという。ただ、あのようなことがあったので、かなり問題にはなったということだ。
筆者は、ウェブサイトでは公開されていない2回の会議の議事録を情報公開請求により入手した。“うららちゃん”炎上に関わる部分は多くが黒塗りにされているが、それでも、あの報道が会議でも問題となったことが伺える。NHKの報道は県としても思いもよらないものだったようで、県の事務方は次のように苦言を呈した。
今後の対策会議の活動については、会議の開催についての情報提供は継続して行いたい。ただし、次のような報道とならないようにマスコミに対して強く要望していくことを考えております。1つ目は、学生本人が特定されるような内容になること、2つ目は、会議の運営趣旨と異なる編集が想定されること、3つ目は、その他学生の安全が確保できないようなことが想定される内容になること。貧困についての報道は難しい部分があるのでこういった申し入れをしたいと考えております。
それを受けてか、公開された議事録では「子ども部会」の子供の発言に関わる部分も多くが黒塗りだ。ほとんど黒塗りで何が何やら分からない箇所も多いが、委員からもかなりの苦言が呈されたことは間違いないだろう。黒塗りだらけの会議録は、以下から見ることができる。
ただ、本来は会議が公開が原則なので、このような状態になったのは、やはり“うららちゃん”炎上を受けての非常措置ということだ。つまり、NHKの報道が会議の運営にも影響してしまった。会議の本来のテーマである、子供の貧困対策に係る議論さえ一般の県民が目にすることが出来ないのであれば、会議の存在意義を大きく減じてしまったことになるだろう。
県は特に子供が特定されないように配慮している。そもそも、一般の視聴者から見て疑念を持たれるような内容でなければ特定されたところで問題はないはずなのだが、やはり何かあった場合を考えれば、とりあえず特定を防ぐという対応にならざるを得ないのだろう。
そもそも、政策を左右する会議に、名前を出せないような未成年者を参加させるという発想に問題があったように思う。子供の意見を聞くこと自体は必要なことかも知れないが、それは大人の誰かが全面的に責任を引き受けて行うべきであって、子供を前面に出して会議を行うことは、いささか安直過ぎる発想だった。
うららちゃんの担当は別の記者
「かながわ子どもの貧困対策会議」は今年度も開かれており、最初の会議が5月27日に行われた。さすがにいつまでも非公開にするのは無理ということで、傍聴可能ということであった。筆者は会議を傍聴するために神奈川県社会福祉会館を訪れた。
さすがに、会議では“うららちゃん”の話題こそ出なかったが、昨年度の反省を踏まえて様々なことが変わっていた。それらについては、次回詳しくレポートしようと思う。
筆者が驚いたのは、NHKの戸田有紀記者が出席していたことだ。戸田記者はインターネットでは“うららちゃん”報道の元凶と見られ、強烈な批判対象になっていた。会議の後、筆者は戸田記者に、結局“うららちゃん”報道は何だったのか聞いてみた。
「言い訳になってしまいますが…あのニュースの担当は別の記者で、私は会議の委員として出ているだけなんです」
筆者も含めてネットで多くの人が憶測してしまったように、戸田記者自身が会議に参加しつつあの報道をしたという訳ではないようだ。とすると、NHK内部でも行き違いがあったということなのだろうか。
「確かにあの件については、いろいろ反省すべき点があります」
戸田記者は落ち込んでいるとか、ピリピリした様子ではなかったが、とにかく報道自体に問題があったことは認識しているようである。
また、“うららちゃん”炎上については、行政やメディアやの中には、報道よりもむしろ「相対的貧困」を理解しない人々が悪いかのように言う意見がある。確かに「かながわ子どもの貧困対策会議」の議事録では、県の事務方が次のように説明している部分がある。
今後の会議の方向性についてですが、今回改めて絶対的貧困と相対的貧困に対する違いについて県民の理解がまだまだ不十分であるということが明らかになりました。相対的貧困を貧困として受け止められないという御意見もたくさんいただいております。今後も、子どもの貧困問題に対する正しい理解を深めるためにも、萎縮せず、継続して取組みを進めなければならないと感じております。
しかし、現場の本音はまた別のところにあるようで、委員からは「相対的貧困」という言葉について率直な意見が交わされる場面もあった。
(次回に続く)