2002年に終了した国の同和対策事業。今では同和地区への特別施策は、国としては行っていない。
もっとも、国においても、「地方改善事業費」という名目で厚生労働省から各自治体に補助金が出ている。同和対策であるとは明示されていないが、ほとんどの隣保館は同和対策を目的として同和地区に設置され、現在でもその状況は変わっていないので、事実上の同和対策と言えるだろう。また、人権教育や人権擁護活動といった名目で、事実上同和団体の政治的活動を国が支援している実態もある。
しかし、露骨に「部落民だから」という理由で個人に利益供与する、いわゆる「個人給付的な」事業が全く残っていないかと言えば、そんなことはない。それが本稿が取り上げる、同和地区住民に対する雇用保険の上乗せ支給である。これを「同和上乗せ」と呼ぶことにしよう。
ご存知の通り、雇用保険に加入していれば、失業した場合に条件により、一定期間失業手当が支給される。もちろん、これは働く人であれば誰でも利用できる制度である。失業手当の支給期間は、雇用保険の加入期間、つまり働いていた期間によって違うが、通常は90日から150日である。
しかし、雇用保険法によれば「就職が困難なもの」に対しては、これが150日から最長で360日と大幅に延長される。「就職が困難なもの」とは誰を指すのか、これは雇用保険法施行規則に定められており、例えば障害者、犯罪を犯して刑期を終えた後社会復帰を目指している人などがこれに該当する。さらに、雇用保険法施行規則には「社会的事情により就職が著しく阻害されている者」という条項があり、これが非常に曖昧で、何をもってそう判断するかは現場に任されている。そして、実際のところ、これは同和関係者に対して適用されている。
雇用保険制度の運用全般を担当しているのは厚生労働省職業安定局の雇用保険課だが、同和上乗せについては同局の就労支援室が担当しているという。就労支援室に同和上乗せについて問い合わせると、「今もその制度はある」という答えが返ってきた。
実は、2009年度にこの同和上乗せが実施された件数を都道府県ごとにまとめた資料が筆者のもとにある。これは、当時同和団体と厚生労働省の交渉のために作られたものと考えられる。加えて、筆者は2014年度の資料も入手することができた。
資料によれば、2014年度の実績では、茨城県、埼玉県、福井県、長野県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県、島根県、広島県、徳島県、香川県、愛媛県、高知県、福岡県、佐賀県、熊本県、大分県、鹿児島県で、合計846件の同和上乗せが利用されたとされる。
2009年度は全国で1515件の実績があったので、5年間で半分近くに減っている。特に徳島県が230件から36件と激減し、2009年の時点で実績がわずか2件になっていた鳥取県では、ついに0件になった。このままいけば、事実上はいずれ消え去るのかも知れないが、雇用保険法施行規則が改正されない限りは、制度としては残っているということになる。
ちなみに、北海道ではアイヌがこの制度の対象になっていると言われているが、その件数については就労支援室では把握してないという。
なぜ同じ制度なのに各都道府県でこれほどまでに異なるのか。同和地区人口の違いを反映したものとすれば、例えば福岡県の件数が非常に多いのはある意味納得できる一方、福岡県と同様に同和地区人口が多いはずの大阪府での実績がわずか6件というのは不思議なことだ。
こうなってしまう理由は、やはり制度が適用される基準が曖昧だからだろう。就労支援室によれば、実際に適用されるかどうかは、最終的にはハローワークの担当者の判断ということになるという。
「連携」がキーワード?
しかし、現実には都道府県によっては、一定の基準を明文化したものがあるようだ。
それを裏付けるものとして、筆者は滋賀県の地域総合センターの内部文書を独自入手した。文書には明示されていないが、この資料の中に出てくる「就職困難者」という用語は、すなわち同和関係者のことである。文書に、同和行政を担当する「地域総合センター」「県人権センター」というキーワードが出てくることがそのことを示している。なぜか「取扱注意」とあるのは、行政はこの制度について大っぴらにしたくないということなのだろう。
少なくとも滋賀県では、本人が同和関係者であることを申し出ており、なおかつ35歳以上であるということが、同和上乗せを実施する基準となっていることが分かる。
最も重要と思われるキーワードが「連携」である。同和上乗せは「隣保館等」との連携により行われる、逆に言えば、滋賀県では「隣保館等」が関わらない限り同和上乗せが行われないのである。
滋賀県内の同和行政に詳しい元自治体職員はこう語る。
「就職困難者の認定について、「大卒」でいくらでも就労機会のある人が、簡単に制度を利用できたりと、実にその認定はゆるく、同和地区に住んでいれば誰でも雇用保険の上乗せを受けられたようなそんな印象があります」
また、「隣保館等」の「等」とは何を意味するのか?
「同和対策については、「属地属人」主義が原則ですので、就職困難者の認定についても、転入所帯などで「属人」を隣保館長が把握しきれない場合がでてきた場合には、同促や解同支部と連携していたのではないでしょうか。」(前出関係者)
「属地属人」とは、同和地区に住んでおり、なおかつ同和関係者であるという、2つの要件を満たす人を表す同和行政用語である。例えば、同和地区外から同和地区内に転入した人は「属地」の要件を満たすが、同和関係者ではないので「属人」ではない。逆に、同和関係者であっても同和地区から転出してしまえば、「属人」であっても「属地」の要件を満たさないことになる。
「同促」とは同和事業促進協議会のことで、同和事業の実施を円滑に進めるために、おおむね市町村ごとに結成された団体である。同促の運営は、解放同盟が主導していることもあるし、行政が主導していることもあり、実態は地域により異なる。なお、同和対策関係の特措法が終了してからは、各地の同促は名前から「同和」を外して、代わりに人権・福祉といった言葉を冠する名前に変わっていることが多い。
「解同支部」とは言うまでもなく、各地区ごとに結成された、部落解放同盟滋賀県連合会傘下の支部のことである。
また、同和上乗せの実態は市町村、さらには地区によってもかなり違いがあるようで、県内の隣保館関係者からは「ウチのところでは少なくともここ数年は実績がない。でも、あそこの市では特定の地区が申請のほとんどを占めているようだ」といった声も聞かれる。
さて、2015年の春のこと、滋賀県のとある同和地区に在住する増田秀夫(仮名)氏から次のようなメールがあった。
「半年で契約満了の仕事をしていました、雇用保険かけていますので失業保険申請します。同和地区住民・失業保険延長を申請したら受給期間が延長してくれますか?」
もちろん、「延長してくれる」が正解である。実は増田氏は数年前に筆者から聞いたことで同和上乗せの制度を知り、今になって活用するチャンスがやってきたというわけだ。
「ぜひ申請してみましょう、それから、一緒に行ってみたいのですが」
私はそう返信し、同和上乗せの実態を調査するべく、取材交渉を試みたところ、幸いにも密着取材を許された。後編では、その模様を、なるべく臨場感があるようにお伝えしようと思う。