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部落探訪(28)奈良県天理市嘉幡町

天理市嘉幡かばたは古代からの歴史があり、なおかつ朝鮮からの渡来人により開かれたとの記録がある、珍しい部落である。

1935年の記録では、73世帯、地名は「嘉幡西方」とある。その名の通り、現在「嘉幡町」と言われる地域には概ね2つの集落があり、そのうち西側が部落である。

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自治会名は「嘉幡西」である。

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部落内の道は比較的広いが、他の部落で見られた路上駐車は全く無い。

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掲示板には同和や部落や人権を思わせるものはなく、自治会がしっかりと活動していることがうかがえる。

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部落の西側に川がある。写真は上から順に東から西に川を越えて撮影した。川の西は一般地区だが、明らかに部落の方が土地が高いことが分かる。案内人によれば、これは、この部落がもともと差別されていなかった証拠ではないかという。

※読者の方から指摘を頂きました。川の西側の磯城郡川西町下永も部落で、全国部落調査に記載があります。ここでは2つの部落が川と市境をまたいで隣接しているということになります。

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『日本書紀』には仁賢6年(493年)に、須流枳スルキ奴流枳ヌルキと呼ばれる高麗の皮革職能集団が朝廷に献上されたとある。彼らの子孫は倭国山辺やまべ額田邑ぬかたむらにいたとされる。この「額田邑」は、地名からすると現在の大和郡山市額田部北町、南町と見られる一方、江戸時代に書かれた『大和志』には額田部村の隣の嘉幡村に皮革加工の村があるとの記述があり、嘉幡こそが須流枳・奴流枳の末裔が住む村との説が有力である。

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渡来人の職能集団は決して賎民ではなく、むしろ優遇されていたことから、嘉幡の土地が高いのは、須流枳・奴流枳に良好な土地が与えられたと見ることもできる。

そのような、古代からの歴史を持つ嘉幡ではあるが、同和事業が行われた部落の特徴がよく見られる。

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部落には公営住宅があり、駐車場にはレクサス、クラウンが停まっている。

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空き地と廃墟がいくつか見られるが、取り立てて多いわけではなく、空き地に関しては草刈りや清掃が行われていることが伺える。

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隣保館、公園、保育所があり、「自警団」もある。

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一方、新しい家や普通の住宅地らしい風景もある。全般に荒んだ感じはない。


鳥取ループは「同和地区出身者」であることを表明します

誰が「同和地区出身者」なのかということは、そもそも非常にいい加減なことであって、裁判で主張すべきことではないと思っていたのですが、奇しくも横浜地裁で鹿子木康裁判官が「同和地区出身者」の存在を認めて、その要件を明らかにしました。すなわち、同和地区という一定の区域の出身者が同和地区出身者ということです。

この要件によれば、私は同和地区出身者ということになるので、今後は積極的に主張することにしました。これはハッタリで言っているわけではなく、私の場合は出身地は「戸籍の附票」で証明できますし、その地名が同和地区指定された証拠もいくつかあります。裁判所および各方面に提示してそれを主張します。無論、同和対策特措法時代はそんな要件はなかったはずですが、今になって裁判所がそう「見なした」ので、正当な主張と言えるでしょう。

ということで、「全国部落調査」に関する件は、未だ同和地区出身者であることを証明していない自称同和地区出身者の部落解放同盟員と、戸籍の附票などにより同和地区出身者であることを証明する鳥取ループとの対決ということになります。

さて、その横浜地裁の決定に対しては、東京高裁に保全抗告をしました。次の通り、広告理由書を提出しました。

保全抗告理由書A-H29-4-10.pdf
保全抗告理由書B-H29-4-10.pdf
証拠説明書A-H29-4-10.pdf
証拠説明書B-H29-4-10.pdf

以下は、横浜地裁相模原支部に提出した書面です。埼玉在住の解放同盟幹部の片岡明幸が私のマンションを差し押さえた件です。私は同和地区出身者であることを疎明する一方、片岡明幸が住所から被差別部落出身者が分かると言っておきながら、後に住所地が同和地区でないことを認めた点を追及し、片岡明幸に出身地を疎明するように求めています。

準備書面-H29-4-10.pdf
証拠説明書-H29-4-10.pdf

さらに、私が問題提起したのは、いわゆる「一般地区」の出身地であれば、自分の出身地の歴史や政治的背景を研究し発表することは自由であると考えられるのに、「同和地区」の出身であれば様々な制約を受けるのは部落差別ではないかということです。同和地区出身者には「糾弾権」があるようなので、同和地区出身者に対して「ふるさとを隠す」ことを強制した部落解放同盟員を糾弾して参ります。

横浜地裁相模原支部第3回審尋

本日は、片岡明幸解放同盟副委員長が私のマンションを差し押さえた件で、横浜地方裁判所相模原支部で保全異議の審尋がありました。

提出した書面は以前の記事で紹介した通りです。

横浜地裁の本庁での審尋では最後の審尋の直前に裁判官が交代したのですが、横浜地裁相模原支部でも全く同じことになりました。今回から担当が変わって荻原弘子裁判官です。年度をまたいだので裁判官の交代は珍しいことではありませんが、偶然なのか、何かしら意図があるのかは分かりません。

保全異議の審尋では当事者が同和地区出身者かということが争点になりそうな状況なので、片岡明幸副委員長には戸籍の附票など出身地を疎明する証拠の提出を求めたのですが、出てきたのは解放同盟の綱領と、陳述書でした。「それで済まされるなら、誰でも同和地区出身者と主張できてしまうのでは?」と私は言いましたが、裁判官としては、ここまで出された証拠で判断するそうです。

決定は5月の連休明け辺りに出される予定です。

データから見た朝鮮学校(前編)

朝鮮学校と言えば、朝鮮総連、北朝鮮との関係がイメージされがちである。一方、児童生徒や親がどのような方々で、どのような考えでいるのかということを知る機会は少ない。

示現舎では、大阪朝鮮学園の補助金裁判に絡んで、大阪朝鮮高級学校の父兄に対して行われたアンケートの結果を独自入手した。そこから、朝鮮学校のリアルの一片を垣間見ることができる。

生徒の家庭は意外にお金持ち?

以下は、家族の職業の割合のデータだ。夫婦共働きなどの複数の家族が就業している場合もあるので、全てを足すと100%を超えることに注意していただきたい。日本ではサラリーマンの割合が87%と言われる一方、朝鮮学校の生徒の家庭は会社役員や自営業の割合がかなり高いことが分かる。

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では世帯年収はどうかというと、以下のグラフの通りである。ちなみにこれは、所得ではなく税や社会保険料を差し引いた後の手取り収入である。母子家庭のような低収入の世帯もそれなりにあると考えられるものの、全般に収入は低くなく、高収入の世帯が意外に多いことが分かる。これは、いわゆる「私立学校に子供を通わせている家庭」のイメージではないだろうか。また、子供がいわゆる高校生の家庭なので、親の年齢は40~50歳(平均年齢は46歳)で働き盛りということもあるだろう。

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「在日」と言えば「差別と貧困」というのはもはや大昔のことだ。経営者が多く高収入ということは、華僑のように商売で成功している人々という、新しい別の「在日」のイメージに合致しているように思う。

朝鮮学校の生徒の親は朝鮮学校の卒業生

以下は、朝鮮学校を選択した理由に関係するデータである。

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ここから分かることは、朝鮮学校の生徒の親は朝鮮学校の生徒であったケースがほとんどであることだ。そして、親が朝鮮学校に期待することは民族性、母国語の習得、交友関係であって、学力は重要なファクターではないことが分かる。

しかし、朝鮮学校の生徒の親が朝鮮学校の卒業生だからといって、朝鮮学校の卒業生が子供を必ず朝鮮学校に入れるとは限らない。一方、親が卒業生という以外の理由で子供を朝鮮学校に入れる動機がほとんどないので、将来的には朝鮮学校の生徒は減る一方ではないかと考えられる。

そのことを裏付けるのが次のデータだ。朝鮮学校に子供を入学させていても、日本の学校に入学させることを検討したことのある親が40%程度存在することが分かる。ちなみに、金剛学校・建国学校は韓国系の学校で、コリア国際学園は南北のどちらの勢力にもつかないコリア系の学校であるが、これらの影響は非常に小さい。

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次回はデータをさらに深く掘り下げ、朝鮮総連と朝鮮学校の関係、補助金打ち切りに対する生徒の親の本音に迫っていきたい。

「ネットの電話帳」裁判サイト側が敗訴で控訴へ

※画像はネットの電話帳の1日のアクセス数の推移。

ネットで電話帳を検索できるサイトとして、知る人ぞ知る「ネットの電話帳」。2015年8月14日、そこに掲載されている電話帳掲載情報の削除を求めて京都地裁で提訴されていたのだが、2年近くたった先日の4月25日、ようやく判決が下された。

結果は様々な新聞が報じている通り、ネットの電話帳に対して情報の削除と賠償金の支払いを命じる内容である。

ただ、この裁判は複雑で、ネットの電話帳側が原告の実名入りの訴訟記録をネットで公開したことについても、途中で追加で削除と賠償金の支払いが求められた。そして、訴訟記録の件については、原告の住所と電話番号を伏せればネットで公開してもよいという判決である。

つまり、ネットの電話帳の完全敗訴というわけでもないのだが、どちらかというと裁判の本題は電話帳掲載情報の方なので、敗訴は敗訴である。

判決文はこちらをご覧いただきたい。

判決内容を要約すると、ネットの電話帳が原告の氏名・住所・電話番号の掲載を止めて以降別サイトに掲載することもしないこと、5万円の慰謝料と5000円の弁護士費用を支払えということだ。訴訟記録については、氏名はそのままでよいが、住所・電話番号は伏せて、なおかつ今まで掲載したことについてさきほどと同額の賠償金を支払えということである。

ご承知の通り、全国の図書館等で普通に見られる電話帳について、なぜネット公開がだめなのかというと、書籍のハローページとは違って、ネットだと容易にコピーされてしまうからだめということである。また、不法行為であるとした根拠となる法律は、著作権法や個人情報保護法ではなく、民法709条ということである。そして、不法行為とは「人格権の侵害」なのだが、この人格権の具体的な内容は「生活の本拠における平穏」ということで、たとえネットの電話帳が災害時に有用であっても生活の平穏が優先されるということである。

一方、訴訟記録については「裁判の公開は、司法に対する民主的な監視を実現するため、絶対的に保障されるべきもの」で、原告の氏名程度であれば当然公開されるべきものとして削除は求められなかった。

当然、「ネットの電話帳」としては控訴する予定である。

ご承知の通り今から10年ほど前に「グーグルストリートビュー」が始められた時も、同じような主張がされ、グーグルが各地の地方議会や弁護士会からサービースの中止を求められたが、今はすっかりサービスが定着している状態である。「グーグルストリートビュー」は無断で家の外観や表札を撮影し、時にSNSの写真から個人宅の場所を特定するツールとなっているとこが、「生活の本拠における平穏」を侵害するものとしてことさら非難される状況にはない。

ここで屈してしまっては、日本のIT事業者がナメられてしまい、また海外勢のやりたい放題になってしまうだろう。

ネット放送GWだよ同和と在日本日夜8時~9時

示現舎はゴールデンウィーク期間中は更新をお休みしますが、本日はゴールデンウィーク特別企画としてネット放送を行います。


Youtubeで本日(4月30日)夜8時から1時間の予定です。後で聞くことが出来ますので、聞き逃された方も心配ありません。

内容は4月12日に東京都国立市で行われた集会のレポート、菅野完取材の裏話、住所でポン!の話題等を予定しております。

本日の配布資料はこちらですので、ぜひお読み下さい。

許すな!「全国部落調査・復刻版」出版差別事件4.12くにたち集会-2017.4.12.pdf

データから見た朝鮮学校(後編)

朝鮮学校が朝鮮総連、さらには北朝鮮本国と関係があるのか? 大阪朝鮮高級学校の生徒の保護者の声から読み解くと、答えはYesである。

大阪府・市による補助金打ち切りについて、総連や本国との関係にからめて感想を問われた保護者の反応は大きく2つに分かれる。1つは「総連や本国と関係があるのは事実だから仕方がない」で、もう1つは「総連や本国と関係があるがそれがどうした」といったものだ。一方、総連や本国との関係を否定する声は全くと言っていいほどない。つまり、保護者の認識では学校と総連や本国は切っても切れない関係だということなのだ。

全ての保護者が朝鮮総連にシンパシーを感じているわけではない?

以下のグラフは、生徒の保護者の所属団体の割合である。実に9割近くが朝鮮総連か関係団体に所属していることが分かる。ごく少数ではあるが、韓国民団に所属している人もいるが、1つの例を除けば夫婦の片方が総連、片方が民団というケースである。

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大阪府・市による補助金打ち切りに対する保護者の声は、当然ながら補助金打ち切りは不当との声が圧倒的である。ただ、その中でも若干の温度差があり、行政の行為を極めて不当なことだと一方的に非難するもの、理由はどうあれ打ち切りはすべきでないと言うもの、行政と朝鮮学校の双方に問題があるのだから歩み寄るべきとするものがある。また、少数ではあるが補助金打ち切りは朝鮮学校に非があるとするもの、むしろ朝鮮学校を非難して打ち切りは当然とする声もある。

それを弊舎の主観で分類した結果が次の通りである。

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これを見ると、朝鮮学校側も歩み寄るべきという声が一定するあることが意外に感じられるだろう。実際、朝鮮学校は金日成・金正日の肖像画を外すなどの措置を行っており、それは内部からの声に押されたこともあると考えられる。ただし、それでも補助金は打ち切られた。

前述の通り、補助金打ち切りは当然と朝鮮学校を厳しく批判する記述もあった。ちなみに、この調査は記名式なので、朝鮮学校の生徒の保護者でありながら実名を出して朝鮮学校を批判したということになる。もし、匿名での調査であれば、朝鮮学校に対する批判はもっと多かったかも知れない。

そのうち1人は民団に所属している。なぜそのような人が朝鮮学校に子供を通わせているのか不思議に感じられるだろう。これは、「別れた夫が朝鮮総連なので、そのしがらみで通わせている」ということだ。ただし、これは特殊なケースで、他の朝鮮学校に対する批判者は朝鮮総連の所属である。しかし、朝鮮学校や朝鮮総連にシンパシーは感じないものの、しがらみで朝鮮学校や朝鮮総連に関わっている人々が一定数いることが想像できる。

ばらつきが大きい寄附金の額

当然、授業料だけでは朝鮮学校の運営は成り立たない状態なので、生徒の保護者は寄附を行っている。

調査から読み取った毎月の寄付金の額は153万4000円である。1人平均約6000円強といったところだろう。しかし、平均化されたこの数字にはあまり意味がない。人によって寄附金の額のばらつきが大きいからだ。

以下が毎月の寄附金額の分布である。

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半数程度は寄附をしていない一方で、多額の寄附をしている少数の保護者がいることが分かる。

最高額は、月に30万円で、年間360万円を寄附しているということになる。その人の世帯収入は700万円から900万円未満なので、収入の約半分を朝鮮学校に寄附していることになる。また、世帯収入が400万円未満なのに、毎月15万円を寄附している人がいる。その一方で、世帯収入900万円以上とされているにも関わらず、寄附金額が2000円だったり、寄附をしていない人もいる。

寄附金額の額が収入に比例している訳ではなく、各人の思いで寄附しているようだ。しかし、意外なことに、先述の月に30万円の寄附をしている人は、補助金問題については、どちらかと言えば行政と学校が歩み寄るべきという立場で、強烈な朝鮮学校・朝鮮総連シンパというわけでもないように見える。

データから見えてきたのは、朝鮮学校と朝鮮総連は切っても切れない関係であることは事実であり、それは単にイデオロギーの問題だけでなく、親子関係や親戚関係などの“しがらみ”が大きな要素であることだ。

部落探訪(29)神奈川県川崎市宮前区馬絹矢中

今回訪れたのは、かなり都市化が進んだ部落である。1934年の時点で世帯数は21、部落名は「矢中」。現在の川崎市宮前区馬絹まぎぬが該当する。周辺地域は「宮崎台」との呼称もある。

ただ、都市に埋もれた部落であっても、大抵は様々な形でその痕跡を見ることができる。

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まず、先に「横浜家系ラーメン 宮前商店」でラーメンを食べてから部落へと向かった。部落はこの店の後ろ側にあるらしい。

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辺りはごく普通の住宅地で、マンションやアパートがあちこちに建っている。

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やや狭い道を抜けると、広い庭がある大きな家がある。

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斜面と神社の鳥居が見えてきた。

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白山神社と稲荷神社が隣り合わせにあった。ご承知の通り東日本の部落には白山神社があることが多いので、この周辺が部落ということで間違いないだろう。

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同じ姓の家が多いということは、明治時代の頃から続いている家が今でもまとまって存在することを意味する。親戚だからというわけではなく、おそらく同じ地域で同じ姓を名乗ったためで、部落に限らず古くからの集落でよく見られる現象である。また、確かにここは白山神社の「入口」だ。

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さきほどの稲荷神社の石碑に「矢中講中」とあったが、この町内会の掲示板にも「矢中下」とあり、この辺りが「矢中」であることが分かる。

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今年中に住居表示が実施され、部落の辺りは馬絹4丁目、5丁目になるようである。

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同じ掲示板が斜面の下にも上にもあり、矢中の範囲は意外に広いようである。

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古くからの家は一箇所に固まっているということはなく、比較的分散しており、あちこちに新しい家やアパート、駐車場がある。古くから土地を持っていた住民は、都市化の恩恵を受けていることが想像できる。
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マスタングが停まっていた。


自由同和会四條畷支部の隣(?)にある謎のトトロの館

大阪府四条畷しじょうなわて市の田原台たわらだいというところに、「トトロの館」と言われる物件がある。その名の通り、コンクリートによる「猫バス」と「トトロ」の造形物があり、非常に目立つ建物だ。

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しかし、商店というわけでもなく、個人の民家のようであり、そのたたずまいは金持ちの家のようだ。一度シャッターが開いていたところを見たという住民によれば、ガレージの中には高級車があるという。

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さらに不思議な点は、2つの郵便受けがあり、その1つに「自由同和会 大阪府本部 四條畷支部」というステッカーが貼ってあることだ。確かに、自由同和会大阪府本部のウェブサイトを見ると、四條畷に支部があり、その住所にはトトロの館がある。

実は、四條畷市には同和地区はない。それにも関わらず、自由同和会の支部があるというのも興味深い話だが、やはり最も興味を持たれるのは同和とトトロという組み合わせだろう。

ともかく、謎を解明すべく、「自由同和会四條畷支部」に電話してみた。トトロのことを聞いてみるとこんな返事が帰ってきた。

「うちは関係ないで、よく見てみ、番地が違うやろ」

確かに、自由同和会大阪府本部に書かれている四條畷支部の番地と、グーグルマップ上で表示されているトトロの館の番地は1つ違っている。

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改めて建物の外観を検証していみると、左側の自由同和会と右側のトトロの館はぴったりとくっついてはいるが、一応別の建物であるように見える。

ただ、ある意味ここまで密接なお隣同士なら、トトロの館のことを何も知らないことはないだろう。さらに聞いてみると、不機嫌そうにこう答えた。

「あれは家族が趣味でやっていることで、ちゃんとジブリの許可も取っとるんや。ほっといてんか」

筆者はトトロの造形物がジブリの許可を得たものなのかということに筆者は関心はなかった。しかし、わざわざジブリの許可を取っていると主張するということは、日頃から「ジブリの許可を取っているのか」と言いがかりをつける人がいるのだろう。

いずれにしても、トトロの館は四條畷の隠れた名所であることは間違いない。ジブリの許可を取っているのか、なぜ同和地区のない四條畷に自由同和会があるのか、などという無粋な勘ぐりはやめて、純粋に楽しむべきだろう。

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朝日新聞が報じた「獅子舞への参加を許されなかった被差別部落」とは?

5月22日の朝日新聞に「けがれる…獅子舞参加を許されず 「同じ氏子」と訴えて」という記事が掲載された。書いたのは小若理恵記者で、実は本サイトでも話題にした「隠れた部落差別、今も ふるさとの料理出したら離れた客」を書いたのと同じ記者である。

前回と同様5W1Hが判然としない記事であったが、示現舎では今回も具体的な場所を特定することができた。そして、場所や人を特定した上で検証すると、不可解な点が見えてくる。

記事中に出てくる「最近まで獅子舞への参加を許されなかった被差別部落」とは、鳥取市吉岡温泉町にある谷山部落のことである。そして、「地区の男性(61)」とは部落解放同盟鳥取県連合会谷山支部長のことである。

そのように特定される手がかりの1つは、記事中の獅子舞の写真である。これは見る人が見れば麒麟獅子だと分かり、鳥取県東部の特徴的な獅子舞の様式だ。さらに読み進めると、筆者には思い当たるものがあった。

今年の2月2日、名古屋で第31回人権啓発研究集会があった。その分科会で「春の神社祭り ~やっと実現した獅子舞~」という講演が行われた。講演の資料として、部落解放・人権研究所の『ヒューマンライツ』(2015年3月号)の記事が配布されており、その内容は朝日新聞の記事とよく一致する…どころか、まさにそのままである。

人権啓発研究集会で配布された資料は、さらに詳細なもので、配布された鳥取市人権情報センターの機関紙『架橋』8号(2003年2月)には谷山部落の詳細な歴史が掲載されている。それを見ると、朝日新聞の記事から受ける印象とはかなり事情が違ってくる。

何も知らない人が見れば、「同じ村の中でも部落民だけは仲間はずれにされていて、祭りから排除されてきた」と思ってしまうのではないだろうか。しかし、そもそも吉岡温泉町には複数の自治会(区)があり、それぞれ別の村と認識されてきた。

『架橋』には年表が掲載されており、部落である「谷山区」と、温泉街のある「吉岡区」との間の確執の歴史が見て取れる。

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実は、吉岡温泉はオールロマンス事件に刺激されて、行政闘争として「山林解放闘争」が行われた地と筆者は認識していた。しかし、この歴史を見ると部落差別というよりは、山林の資源等にからむトラブルと確執が自治会の間で長らく続いてきたように見える。ちなみに、吉岡温泉では2015年に「元総区長」による3900万円の横領問題が起き、さらに昨年は吉岡区の副区長が1200万円を着服したとして実刑判決を受けている。

また、年表にある通り、谷山区が地元の神社の氏子に加わったのは1950年のことである。一方、麒麟獅子舞は300年以上の歴史があるので、谷山区は排除されたというより、もともと獅子舞をやらない村だったと考えたほうが正しいように見える。

筆者も経験があるが、獅子舞の準備はそれなりに大変なもので、振り付けやお囃子の練習をしなければいけない。今まで獅子舞をやらなかった村が、ただ何となく参加できるものではない。しかも、別々の自治会の住民が合同で練習して祭りを行うのだから、それなりの根回しが必要だ。田舎の自治会を知っている人には、実感があることだろう。

すると、谷山区が獅子舞から排除されたのではなく、1950年に谷山区が氏子に加わった後も獅子舞は吉岡区の行事であるとお互いに認識しており、あえて手間をかけて合同で獅子舞をやろうという話を誰もしなかっただけなのではと思ってしまう。

朝日新聞の「「ムラの人が獅子に触れるとけがれる」。この地区のことを「ムラ」と呼ぶ町にはそんな迷信があった。」ということについては、支部長による『ヒューマンライツ』の記事に、2点そのことに触れた箇所がある。

あれから何十年が経つのだろうか。私はPTA同推部活動を始め、いろいろなところで部落問題、部落差別について学習していく中、獅子のメンバーに村の人がいないのは、部落差別の一つであり、この現実をなんとかしたいと考えるようになった。温泉町の友人や頼りにしている人に、この気持ちを伝え、なんとかしてほしいと訴えたりもした。友人たちは誠実に受け止めて動いていたようだが、町の年寄りたちが今なお反対するらしいとか、簡単にはいきそうにないと苦労している様子が伝わってきた。私の村の人々が獅子に触ると穢れる、ということが理由らしい。何一つ変わっていかない現実を前に、いつしか自分の中にも諦めの気持ちが広がっていた。

ある日、村の代表者を訪ね、二人で話す時間を取ってほしいことを伝え、承諾を得た。お酒を飲みながら、ゆったりと話したいと思った。私はなんとしても、この人に分かったと言ってほしかった。彼の言い分は変わらなかったが、まるっきり否定的にも思えなかった。しかし甘くはなかった。彼は獅子連のリーダーをしていた若い頃のことを語った。当時村の区長をしていた私の祖父から「村へも獅子を廻してほしい」と頼まれ、獅子が汚れないよう庭先を掃除することを条件に了解したと話した。しかし全戸を回すのではなく、村の役員宅数カ所だったということだった。それでも村の人は喜んで獅子連をもてなしたそうだ。その中で、獅子連の者は村の人が作ったものに箸をつけず、ちくわや買ってきたものだけを食っていた。わしは、何でも食ったけど。そのような話が出てきた。

これを読むと、「穢れる」というのが迷信なのか、単純に「物理的に汚いから掃除しろ」ということなのか、判然としない。

後者のエピソードについては、地元の獅子舞事情を知らないと、誤解してしまうだろう。そもそも獅子舞はごく内輪の行事なので、部落に限らず他の村に廻すということが珍しいと考えられる。「全戸を回すのではなく、村の役員宅数カ所だった」とあるが、獅子舞を1回廻すには1戸あたり10分くらいかかるので、休憩時間も考えれば、簡単に「全戸回してくれ」と言えるものではない。同じ神社の氏子になったという事情があるにせよ、交代要員や時間と費用の問題も生じ、何の根回しもなしに出来ることではない。

むしろ、山林問題で確執があった村同士でこれだけの交流があったことの方が驚くべきことだろう。朝日新聞の記事には「当事者が隔たりを感じる場面もある」とあるが、たとえ部落問題がなくとも、過去にあれだけの確執があれば、隔たりを感じない方が不思議なことだろう。

しかし、いずれにしても朝日新聞の記事にはまだ不可解なことが多すぎる。「インターネット上での同和地区の地名リスト掲示」を問題にするが、具体的な場所を隠し、証言者が部落解放同盟の支部長である事実を隠して、一方的な「キャンペーン記事」を書くことが、果たして部落問題の解決につながるだろうか。この問題はさらに調査していこうと思う。

「誤解を招く表現」と部落が参加した祭りの記事が宍粟市の広報から消された

同じ神社の氏子ではないながら、他の4地区と一緒に伊和いわ神社の祭りに参加するようになった宍粟しそう一宮町いちのみやちょう嶋田しまだ部落。2009年11月の「広報しそう」にその祭りの様子が掲載され、「幼いころから憧れてきた」と部落の出身者の喜びのコメントも載せられた。無論、市の広報に「同和」や「部落」といったことは一言も書かれていない。しかし、解放同盟から差別ではないかといった申し入れが市役所にあり、「誤解を招く表現」であるとして広報から消されてしまった。

未だに西日本に残る、行政による「同和タブー」の実態の1つだ。

「真宗大谷派同和関係寺院協議会」が発行した『同関協だより』(2013年5月31日)にフリーライター・平野次郎氏による「伊和神社に見る巧妙な差別」という記事が掲載された。その記事は、宍粟市の『広報しそう』(2009年11月号)にある「伊和の秋燃ゆ」という記事を問題にしている。その記事によれば「部落解放運動にかかわる人たち」が市長あてに申し入れ書を出し、その内容が「なぜ神事にA地区が入れないことまであえて記述するのか」「偏見をあおる内容となっている」地区出身者の実名で出ていることに対し「あまりにも無警戒で人権に対する配慮のかけらもない」ということなのだ。

さて、問題の『広報しそう』の内容がどのようなものかと言えば、次の通りである。

伊和の秋燃ゆ

『播磨一の宮』で知られる伊和神社の秋季大祭が10月16日、本宮を迎えた。練り子の半てんや屋台には「頑張れ!一宮」のステッカーがはられ、豪雨災害からの復興も祈願された。

復興願う豪快な練り

巨樹のすき間からこぼれる秋の日差しが境内に差し込む午後3時20分。揖保川河川敷の御旅所で神事を済ませた氏子屋台4台が、次々と伊和神社の境内に戻り、嶋田地区の屋台1台が加わった本宮の練り合わせが幕を開けた。

「エーンヤー、エーンヤー」太鼓の音とともに威勢のいい掛け声が響き、東市場地区の屋台が勇ましく境内の中央に練る。続いて安黒地区、伊和地区、須行名地区、嶋田地区の順で境内へ。豪快な差し上げや2台練り、3台練りを競い合うように繰り返し、絢爛豪華な屋台が上下に激しく揺れるたびに観衆からは大きな拍手が起こった。練り子に疲れが見える終盤、すべての屋台が一直線に揃う5台練りを繰り広げ、祭りはクライマックスを迎えた。

友人に誘われ嶋田地区の屋台で初めて練り子を務めた一宮町百千家満の薄木亮辰さん(りょうたつ・26)は「高校時代から憧れていた。想像以上の楽しさで興奮している。これからも続けたい」とすがすがしい笑顔を見せた。

最高齢の練り子となった田中譲さん(神戸市・57)は一宮町嶋田の出身。「10年前に嶋田地区の屋台が誕生したときはうれしかった。幼いころから憧れてきた練りに参加できて満足している。力の続く限り務めたい」と話していた。

沖縄から板前の修業に

伊和地区の練り子を務めた沖縄県出身の上原寛弥さん(ともや・23)は、勤務する市内の料亭の仲間に誘われたのがきっかけで今年が2年目となる。「根っからの祭り好き。9月からほぼ毎晩練習をしてきた。スカッとするのがいい」と話す。

『同関協だより』には「広報の記事はどこが問題なのか。事情を知らない人が読んだら、そのまま読み過ごしてしまうかもしれない。しかし、被差別部落であるA地区が氏子から排除された歴史があり、ようやく2000年から祭りに参加できるようになった事情を知っている人なら、この広報の記事が差別を容認し助長するものだと思うだろう。」とある。

しかし、ご覧の通り「読み過ごしてしまうかもしれない」どころか、100%「部落」とか「同和」と結びつける要素などとこにもない記事である。また、「氏子から排除された」ということも、はっきり言って何の根拠もない。事情を知って読めば、差別が解消された事例を示した記事であるように見える。

『同関協だより』には一宮町嶋田部落はもともとは伊和神社の氏子だったが、後に氏子から排除された「らしい」と主張しているが、あくまで「らしい」であって、それが部落差別であるという根拠は書かれておらず、伊和神社とは関係のない神戸市や生田神社や住吉神社の事例を出して、部落差別を結びつけている。

『同関協だより』は一貫して地名を伏せているが、宍粟市の広報には地名が書かれているので何の意味もない。そして、宍粟市の広報には「部落」とか「同和」といったことは一言も書かれていないので、「地区出身者の実名で出ている」ということは、むしろ『同関協だより』を見て初めて分かることだろう。

そもそも「部落解放運動にかかわる人たち」とはいったい何者なのか、なぜ伊和神社ではなく市役所に申し入れるのか、記事には不可解な点が多い。

伊和神社に、抗議がなかったのか聞いてみるとこんな返事が返ってきた。

「うちは抗議は受けていないし、抗議をされる謂れがないです。それは部落解放同盟が勝手に言っていることではないですか」

神社によれば、嶋田部落は昔から伊和神社とは別の七社しちしゃ神社の氏子で、祭礼の日が一緒だから祭り一緒にやろうということになっただけだという。七社神社の歴史的な由来はよく分かっていなくて、嶋田部落を排除したというのも何もはっきりしたことはないという。

「仮に七社神社が伊和神社から別れたとしても、それぞれが祭りをして、円満にやってきたことです。伊和神社の氏子にしてくれという話もありません。(議員に)立候補した人が、「ワシの投票してくれたら伊和神社の氏子にしてやろう」みたいな話はありましたけどね」

嶋田部落は伊和神社ではなく七社神社の氏子なのだから、伊和神社の神事に参加しないのは当然のことで、そのことで嶋田部落の住人から何か言われたことはなくよその人間が勝手に騒いでいるだけのことではないかということなのだ。

確かに、嶋田部落の住人が不満を持っているなら市役所の広報にあのようなコメントを載せることはないだろう。

また、現地の地図を見ると、嶋田部落は他の4地区と比較すると伊和神社から最も離れた位置にあり、地理的に伊和神社の氏子でなかったとしても不自然な点はない。

宍粟市のウェブサイトでは『広報しそう』のバックナンバーが掲載されており、少なくとも2014年7月の時点では当該記事を見ることができたのだが、現在ではごっそり問題のページが抜けている。宍粟市広報課に電話で聞いてみると、次のような返事だった。

「誤解を招く表現があったので削除したと聞いています」

部落問題と関係あるのかと聞いて見たが、「誤解を招く表現があった」と繰り返されるだけで、そそくさと電話を切られてしまった。

先日の記事の、鳥取市吉岡温泉町谷山の事例と比べると興味深いだろう。全国各地の村々の関係は様々であると思うが、そこに「部落」が関わるだけで、差別と結びつけて何かしらイチャモンを付けたくなる人がいるのではないか。そう考えざるを得ない。

東京高裁第1回保全抗告審尋

3月16日に横浜地裁が全国部落調査等の出版禁止を維持することを決定しましたが、それに対して東京高裁に保全抗告をしました。そして、その第1回目の審尋が5月26日に行われました。

示現舎側の提出書面は次の通りです。

保全抗告状A-H29-3-27.pdf
保全抗告状B-H29-3-27.pdf
保全抗告理由書A-H29-4-10.pdf
保全抗告理由書B-H29-4-10.pdf
証拠説明書A-H29-4-10.pdf
証拠説明書B-H29-4-10.pdf

解放同盟側の提出書面は次のとおりです。

保全抗告申立書A-H29-3-30.pdf
保全抗告申立書B-H29-3-30.pdf
保全抗告理由書A-H29-5-12.pdf
保全抗告理由書B-H29-5-26.pdf

「A」は全国部落調査の書籍の出版禁止に関する仮処分で、「B」はウェブサイト等の削除を命じた仮処分です。それぞれ東京地裁の別の部に係属しており、「A」が民事第9部、「B」が民事第15部です。偶然なのか、手間を減らすためなのかは分かりませんが、同じ日に審尋が行われました。ただ、民事第9部は解放同盟側に対して民事第15部の保全抗告の進行状況が分かる書面の提出を求めたので、今後も日程を合わせて進むものと思われます。

双方とも抗告しており、示現舎側の目的は当然、書籍もウェブサイトも全国部落調査を公開できる状態にすることです。一方、解放同盟は法人としての解放同盟に対する「業務妨害」を認めることと、「同和地区Wiki」のミラーサイトに対しても削除命令を裁判所が発することを目的としています。

先に審尋が行われた民事第15部の担当は清水響裁判官です。清水裁判官は、さらに双方が反論を提出することと、解放同盟に対してはミラーサイトについてさらなる説明の補充を求めました。裁判官が言うには、ミラーサイトについては誰が運営しているのか分からないのではないかということです。そして、現時点(保全抗告が行われている時点)で新旧のサイトがどのような状況になっているのかが問題となるので説明して欲しいということでした。また、なぜ地名が人格と結びつくのかについても説明を求めました。

民事第9部については「受命裁判官」として石井浩裁判官が出てきましたので、実際の担当は別の人になるということだと思います。こちらは書面の内容よりは、民事第15部の審理の動向について気にしていました。裁判官というのは、それぞれ独立して判断することが建前ですが、現実的には効率よく手続きをすすめるために、他の裁判の動向も気にするということだと思います。

民事第15部の次回の審尋は7月11日に設定されました。民事第9部は未定ですが、おそらく同じ日になるのではないかと思います。

通例では、高裁の手続きは1回の審尋だけで終わることが多いのですが、2回めの審尋を行うということは、地裁による決定の内容を変えようとしているということだと思います。

ところで、解放同盟側の主張に次の記述があります。

同和対策事業というのは、そもそも事業主体である自治体だけでできることではなく、多くの私的団体がそれと協働することをもって、初めてその目的が達せられるのであって、同和対策事業において、自治体と部落解放運動に関する諸団体は、それぞれのポジションでやっていかなければならない車の両輪のような関係にある。

正直、これについては、今さらそれを言うかと思いました。過去の歴史を見れば、行政闘争によって解放同盟が行政側を一方的に責め立てる関係です。また、大阪の同和奨学金の問題についても、責任を問われているのは行政で、解放同盟が何かしら責任を負ったという話は聞きません。本当に車の両輪だと思うのであれば、責任も共有すべきだと思うのですけどね。

部落探訪(30)静岡県浜松市中区花川町(前編)

静岡県浜松市中区花川町はなかわちょうは、かつては吉野町と呼ばれた、1000年以上の歴史がある部落である。

『しいの木の里 愛称標識の由来』(平成6年3月)によれば、延長元年(923年)に大和国(奈良県)より2人の朝廷の要人であった落武者が現在の芳池橋の辺り(花川町54番地付近)に居を構えたとの伝承があるという。

花川町は昭和38年に同和対策審議会による精密調査の対象地区となった。そのため、非常に詳細な資料が残されている。以下が、その調査報告書である。

昭和38年度同和地区実態調査報告書(静岡県浜松市吉野町地区)

報告書によれば戸数は361戸、人口は1803人とある。典型的な農村部落であることから調査対象に選ばれた。

報告書では、部落の起源については応長元年(1311年)に大和国から来住した落武者により部落が形成されたとしている。しかし、より新しい資料である『しいの木の里 愛称標識の由来』によれば、昭和62年に芳池橋付近で発掘調査を行ったところ奈良時代から平安時代のものと推定される土師器はじきと呼ばれる土器の破片が見つかったとされているので、延長元年の説の方が信憑性が高いと思われる。

いずれにしても、部落の起源に朝廷が関係しており、吉野町という名前も大和国の吉野に由来するものであり、そしていわゆる落武者部落であることは間違いないのだろう。

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最初に、部落のはずれにある白山神社に立ち寄った。報告書に「神社は関東地方特有の白山神社があり年2回の祭礼が行われている」という記述がある。小高い場所にある、立派な神社だ。

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神社の由緒によれば、延元3年(1338年)9月に後醍醐天皇の皇子である宗良親王が参ったとある。

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神社にはこのような掲示物があった。

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神社の近くを散策すると、日蓮宗の寺を見つけた。名前は福聚山ふくじゅさん長栄寺ちょうえいじ。報告書には身延山とあるが、山梨にある身延山の宗派に属するという意味だろう。

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大きな寺で、信徒も多いことが伺える。

報告書には「吉野地区内に第2種公営住宅の建設を見るに及んで…」とある。昭和38年以前のことなので、相当古い住宅なのだろうと思い、その住宅を探した。

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周囲に一面の畑が広がる中、見えてきたのがこの花川団地(旧吉野団地)だ。

見たところ比較的きれいで、浜松市のウェブサイトによれば昭和49年度に建設したとある。しかし、付近の住民に聞いてみると、花川団地は昭和30年代には既にあったという。つまり、今の花川団地は同じ場所で建て直されたものだ。

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とは言え、今となっては古い団地であることは変わりない。さきほどの住民によれば、花川団地は原則として新規入居者の募集はしていない状態で、建て直しの予定もなく、入居者が出ていくのを待っているような状態だという。ちなみに家賃は1200円。

住民はいろいろなことを知っており、報告書にある北村電三郎の胸像の場所も教えてくれた。ただ、同和地区実態調査報告書を見せると、思いっきり怪訝な顔をされた。「同和」というのは、あまり地元では触れたくない話らしい。

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部落の中に、空き地があった。車が何台か停めてあり、県外ナンバーの車もあるので、誰でもここに駐車していいのか通りがかりの人に聞いてみると、誰でも駐車してよいとのことだ。

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畑があり、みかんの木があり、農家の作業小屋があり、ごく普通の農村といった感じだ。しかし、先述の通り県外ナンバーの車が停まっており、やたらと人とすれ違うのが気になった。もしかすると、皆部落探訪に来ているのかと思ったのだが、無論そうではなかった。

通りがかりの人に「バラ園はどこですか?」と聞かれた。しかし、筆者もよそから来たので知るわけがない。そこで、さきほどの空き地に車を停めた人に聞いてみると、近くに有名なバラ園があり、今が見頃なのでそれを見に来たというのだ。

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さきほどの空き地から人の流れについて行ってみると、何やら賑やかな場所が見えてきた。

(次回に続く)

部落探訪(30)静岡県浜松市中区花川町(後編)

前編で賑わいでいた場所は、「ばらの都苑」である。鉄工所と茶畑を営んでいる男性が、バラが好きだった亡き妻の供養のために始めたバラ園ということなのだが、一般に無料で開放され、さらに無料で静岡茶も振る舞われていた。

筆者は訪れるまで存在を知らなかったのだが、全国でも珍しいバラ園であるため、ちょっとした観光名所になっているようだ。

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園内にはバラの香りが漂う。「トイレの芳香剤の香り!」「それは芳香剤の方が香りを真似ているんでしょ」と来場者がボケ・ツッコミをする場面も。バラ園の中には、バラだけではなく桃園もあり、金魚が泳ぐ池や鶏小屋もある。5月は丁度バラが満開で、比較的高齢の女性のグループが多いが、カップルや親子連れでも賑わっていた。

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改めて周辺を散策すると、畑と工場のような施設が多い。自営業者、特にスクラップ業者が多いのは、伊勢原市上粕屋川崎市麻生区早野と共通している。昭和38年の実態調査では自営業、とく農林業の比率が高いが、今でもそのような傾向があるようだ。

地区内は広々としていて、家屋が密集しているということはない。また、逆に人工的な感じもあまりない。

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自民党の城内実きうちみのる衆議院議員のポスターがあちこちに見られる。

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花川町交差点近くにある酒店。

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静岡県で部落と言ってもピンとこないが、「北星会館」という、全国隣保館連絡協議会にも加入している立派な隣保館がある。

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他の隣保館と同じく、法務省人権擁護局関連の冊子やポスターがある。しかし「ヘイトスピーチを許さない」のポスターは見られず、北朝鮮の拉致問題やいじめ問題のポスターが目立つ。また、筆者が他の隣保館では目にしたことのない、社会を明るくする運動のポスターがあった。

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隣保館の図書室と言えば、同和関係の本が揃っているものだが、ここは普通の本ばかりだ。

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…と思ったら、片隅にひっそりと申し訳程度にあった。

報告書には部落の地方改善、融和事業促進の功労者として北村電三郎の名前が挙げられている。小学校にはその胸像があるという。

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住民によれば、報告書にある吉野小学校とは現在の花川小学校のことで、幸い胸像は敷地外からも見える場所にあるということだ。

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周りに木があって見えにくいが、胸像を見つけることができた。

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胸像の横に、電三郎の功績を記した、比較的新しい石碑がある。さすがに融和や同和といったことは書かれていないが、「風俗改善同盟会の設立」という部分から地方改善事業への貢献が伺える。

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電三郎の師である平田直純、尋常小学校の好調であった青山市郎も村の教育への功績者として讃えられている。

部落探訪(31)神奈川県横須賀市馬堀町

横須賀市の最大の部落は馬堀町まぼりちょうにある。馬堀と言えば「馬堀海岸」が有名で、駅名も馬堀海岸である。

しかし、馬堀海岸と呼ばれる地域は、もとは遠浅の海だった場所を戦後に埋め立てて出来た。部落は現在の馬堀海岸から内陸側に細長く存在していて、1934年当時の世帯数は55、人口は330であった。

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自動車で馬堀海岸に行く道は分かりやすい。横浜横須賀道路のどん詰まりで降りればいい。

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海岸沿いにヤシの木が植えられていてトロピカルな雰囲気。しかし、ここは埋立地であって、もとは海だった。

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この辺りはちょっとした高級住宅地になっている。不動産サイトで調べると売家が1戸4000万円から、1億円近いものまである。

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この道路(県道209号線)がかつての海岸線だった。この道路を境に海側が馬堀海岸、内陸側が馬堀町である。内陸側の馬堀町がかつての部落だ。

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県道209号線に並行する道路が内陸側にあるが、この道路は一方通行で西から東へしか進めない。しかも、7時から9時までの間は自動車は進入禁止である。馬堀海岸駅の前にあるので、通行人で非常に混み合うからだ。

ご覧の通り、普通に住宅があり、駅前なので商店も多く、部落の面影はない。

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掲示物も至って普通だ。

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かつては「高尾」という字名があったという。

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東側へ進むと廃墟と空き地があり、車が入れない細い道が入り組んだ一角がある。

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細い道や袋小路が多いが、ここが部落かどうかはよく分からない。

というのも、神奈川県地域人権運動連合会県連(神権連)の機関紙、『人権のとも』2008年2月15日号によれば、「馬堀の地区は海岸線に沿って細長く存在していた」「この地区も混住が進み、現在数軒となっている」との記述があるからだ。

住民に「白山神社はありますか?」と聞くと、「知らない」と言われた。ただ、「庚申塔こうしんとうならいくつかある」という。

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これがその庚申塔の1つ。横須賀では珍しくない急斜面の上にある。

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「自動車通行禁止」と書かれた踏切があった。そもそも、とても自動車が入れるようには見えない。

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踏み切りを渡ると、寂れた集落が現れた。ここも一応馬堀町だが、部落なのかどうかは分からない。そもそも、「数軒」という規模ではなく、数十件がある。寂れているのは、単に自動車が入れないなど不便な場所だからという気がする。実は、横須賀にはこのような場所が多く、空き家問題が深刻になりつつあるという。

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ここにも庚申塔があった。

『人権のとも』には、「地区の人達は自力で家を建て墓地も整備したんだよ。墓地へ行くのには京浜急行の踏切を渡らなければならない」とある。気を取り直して、その墓地を探すことにした。

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地図によれば、この「トモトモ」という美容院の横に踏切があるようだが…

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階段を登ると、確かに踏切があった。

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踏切を渡って坂道を登ると、確かに墓地があった。まさに墓地のためにだけある踏切である。墓はどれも立派なもので、日蓮宗の檀徒が多いことが伺える。

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この部落では、あちこちに消火器があるのが目についた。道が細く、消防車が入りづらい場所が多いためだろう。

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部落を一巡りしたら夕方になったので、このラーメン屋でサンマーメンを食べた。神奈川といえば横浜の家系ラーメンが有名だが、サンマーメンも名物である。とろみがあり甘い味付けのスープが特徴的だ。


部落探訪(32)神奈川県川崎市高津区下作延

川崎市下作延しもさくのべは、高津区役所の近くにあり、周囲には市税事務所や年金事務所や県税事務所がある。最寄り駅は東急線の溝の口駅か、JRの武蔵溝ノ口駅だ。

1934年の時点で世帯数は31、人口は155の部落であったのだが、周辺はかなり都市化が進んでいる。

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下作延は北部に墓地と火葬場があり、南部には高津区役所があるのだが、部落は南部の一角である。町内会で言えば「下作延第二町内会」の辺りのようである。
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予想通り、新しい住宅や集合住宅があり、既に融和ないし解放済みのようである。

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奥へと進んでいくと、古くからの住民のものと思われる家がある。
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さらに進むと階段があり、神社にたどり着いた。白山神社かと思ったが、「辰の谷稲荷社」と書かれている。由来や、部落との関係はよく分からない。
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細い路地や袋小路があるのが部落の名残かとは思うが、周囲にあるのはほとんどが賃貸住宅かマンション、建売住宅だ。

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それでも、ここに古くからの集落が存在したことを思わせるのがこの墓地だ。墓石から、古くからの住民には、尼野、中村、中田という家が多いことが分かった。

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確かに、稲荷社の周辺には尼野、中村という表札の大きな家が何軒かあった。昔はしがない農村だったと思うが、都市化の恩恵を受けて古くからの住民は裕福になったと考えられる。

しかし、川崎市からは同和対策のためとして部落解放同盟と人権連と同和会に補助金が支出されている現実もある。そこで、住民の1人に「部落解放同盟川崎支部ってここにありませんか?」と聞いたら、「は? 知らん」と言われてしまった。

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これは下作延第二町会会館。もちろん、隣保館でもなければ市の施設でもなく、普通の自治会館である。

東京高裁第9民事部審尋終結

現在東京高裁では第9民事部に復刻版全国部落調査の書籍の出版禁止に対する保全抗告が係属しているのですが、6月9日に審尋が終結し、結果待ち状態になりました。

示現舎側では6月2日に以下の書面を提出しました。

準備書面A-H29-6-2.pdf
証拠説明書A-H29-6-2.pdf

要約すると、最高裁が滋賀県の「同和対策地域総合センター要覧」を、滋賀県の事務事業に支障が生じるという理由で非公開とした判例を援用して、全国部落調査の公開を解放同盟に対する業務妨害と認めろと言っているのに対して、そもそも「同和対策地域総合センター要覧」は、今回解放同盟や横浜地裁が全国の部落を網羅したものではないといった理由で正当化した書籍と同じ類のものではないのか、事件によって差別文書の基準がコロコロ変わるのは都合が良すぎないかということです。

一方、解放同盟側は5月26日の審尋以降、特に書面は提出しませんでした。

第15民事部には「同和地区Wiki」も含めた仮処分に対する保全抗告が係属いますが、こちらは別途続行中で、予定通り7月11日に口頭での審尋が行われます。

さらに、横浜地裁相模原支部にはマンションの差し押さえの件の保全異議が係属しており、5月の連休明けに決定が出されるはずだったのですが、なぜか1ヶ月以上経過した今に至っても未だに決定書が届かない状態が続いています。

川崎市同和相談事業の謎(1)「海苔弁当」の公開文書

昨今は、国会では森友学園・加計学園問題、東京都では築地市場の豊洲への移転問題が取り沙汰されている。このような政治や行政にからむ問題がある度に、メディアが行う取材方法の1つに、「情報公開請求」という手続きがある。

テレビや新聞が行政文書を手に入れる時、取材対象者から直接入手したり、内部告発のような形で一方的に送られてくることも多いが、情報公開請求によって正面から手に入れようとすることも多い。その結果、公開された文書が報道に利用されることもあるし、「公開されなかったこと」自体がニュースになることもある。例えば、福島第一原発の事故に対応した原子力災害対策本部の議事録をNHKが情報公開請求したところ、文書が不存在という理由で公開されなかったため、議事録自体を作成していなかったことが明るみになって問題になった。

情報公開制度とは

情報公開制度は1980年代に各地の市町村や都道府県が始めたもので、自治体が保有する情報は住民の共通の財産であるという考え方から、住民がその情報の公開を求める手続きが条例で定められた。1999年には情報公開法が制定され、国が保有する情報も情報公開制度の対象となってからはさらに広がり、現在は全ての都道府県と、ほとんどの市町村に情報公開制度がある。

情報公開制度が作られる以前は、行政が保有する文書を公開するかどうかは、住民票や登記簿のように開示の手続きが法律で定められているようなものを除けば、役人の胸先三寸次第というところがあった。また、事実上は記者クラブが行政の情報を独占しているような状況があった。しかし、情報公開制度が出来ると、誰でも定められた手続きを行えば行政情報の公開を求めることが出来、しかも法律の定めがあり、訴訟の対象にもなるので行政に対する強制力を持つようになった。

これはメディアにとっては痛し痒しなところがあって、自分たちが情報を独占できなくなる反面、法律によって非公開にすることが認められていない情報であれば、役人の意志がどうであれ、強制的に公開させることができるようになった。

情報公開制度が広まっていった1990年代と概ね2000年代前半は、情報公開訴訟があれば裁判所が請求者の権利を最大限尊重することが多く、そのような判例が積み重なるにつれ、情報公開制度は非常に強力なものになった。ダメ元で情報公開請求してみたら、驚くような文書が公開されるということもあった。

しかし、2005年に個人情報保護法が施行されると、世の中は情報公開から個人情報保護、秘密保持へと振れ始め、それに伴って情報公開の流れは停滞または後退しているのが現状である。

森友学園や築地市場の問題にしても、情報公開請求してみたら、出てきた文書はあちこちが黒塗りにして隠されており、そのような文書は見た目から一部の政治家やメディアからは「海苔のり弁当」と評された。

川崎市人権・同和対策生活相談事業補助金

さて、そのような情報公開請求の対象として示現舎が注目したのは、示現舎のお膝元である神奈川県川崎市の「川崎市人権・同和対策生活相談事業補助金」という制度である。これは「同和対策事業の対象者で構成する団体が行う人権・同和対策生活相談事業を行うために必要な経費の一部に対し、補助金を交付する」ものだという。

しかし、賢明な読者であればこの時点で不審であることに気づくだろう。そもそも、川崎市に同和地区ってあったっけ? ということである。

神奈川県の同和行政は「5市3町」と言って、横須賀市、小田原市、秦野市、伊勢原市、秦野市、大磯町、湯河原町、山北町に限られている。それ以外の地区にも、いわゆる「部落」はあるのだが、同和地区として行政に指定されておらず、同和対策事業の対象になっていない。それでは、「川崎市人権・同和対策生活相談事業」は一体誰を対象としているのか、ということは興味深いことだ。

そこで、以下の「公文書開示請求書」を川崎市役所に送ってみた。「一切の文書」となっているが、行政文書の保存期間は多くの場合5年間なので、これで過去5年分の文書が出てくるはずだ。

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情報公開請求は、簡便な手続きでできることが多い。窓口だけでなく郵送やファックス、さらにはメールやウェブフォームで受け付けている自治体もある。これは情報公開請求をどう処理するかについて、原則として誰が請求したのかということを問題にしないという建前があるので、厳密な本人確認が必要ないからである。ただし、自治体によっては請求できるのは住民に限られていたり、手数料が必要なこともあるので、その場合は少しだけ手続きが煩雑になる。

川崎市は、さすが全国でも情報公開制度の先駆けとなった神奈川県の自治体だけあって、住民でなくても請求可能で、手数料も不要である。ただし、公開された文書をコピーしたものが必要な場合は、1ページ10円のコピー代は必要だ。

まさに「海苔弁」の文書

さて、しばらくすると次の通知書から川崎市から届いた。
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「開示することができない部分が一部あります」ということである。情報公開制度においては、全ての情報を公開することが原則なのだが、公開できない情報の類型を例外として定められている。今回の場合は条例に定められた「当該団体の正当な利益を害するおそれがある」情報が含まれることが、一部を開示しない理由だという。それにしても、開示しない部分が多いようなので、嫌な予感がした。
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そして、出てきた文書がこのようなものである。これは全日本同和会神奈川県連合会川崎支部の予算書なのだが、市の補助金の額以外は全て黒塗りである。その団体の予算規模が分かってしまうと支障があるということなのかも知れないが、それにしても、補助金の使い道である生活相談に関係する支出くらいは公開してもよさそうなものだが…
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こちらは、神奈川県地域人権運動連合会川崎支部の事業実施計画書。これも、生活相談活動以外の事は全く分からない。
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相談員の名前や連絡先はもちろん、支部の代表者も黒塗りである。連絡先が公開できないなら、どうやって相談すればよいのだろうか。もはや秘密結社のような扱いである。
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部落解放同盟神奈川県連合会川崎支部の規約は全体が真っ黒で、まさに海苔弁当だ。ここまで来ると意味が分からない。補助金を受けているのは解放同盟、同和会、人権連の支部ということは分かったが、3団体とも揃ってこのような扱いだ。

さすがに、ここまで黒塗りにするのはやり過ぎではないかと市の担当者に聞いてみるも、神妙な面持ちで「当該団体の正当な利益を害するおそれがあるとの説明の通りです」と繰り返すばかり。

このような場合、「審査請求」と言って文書を管理する部署とは独立した委員会に審査してもらうように申し立てるか、あるいは裁判所に訴訟することができる。それらを行えば、一度非公開とされた文書が公開とされることは珍しいことでないので、普通ならやってみる価値がある。

しかし、示現舎は様々な経緯で、同和が関係する情報公開については行政にも裁判所にもあまり期待できないことを痛感しているところである。幸い、このような場合は、多くのメディアも行っている第3の道がある。

そこで、示現舎はその「アレ」を実行することにした。

(次回に続く)

部落探訪(33)京都府綴喜郡井手町井手段ノ下・浜田・下赤田・南猪ノ阪

混住率こんじゅうりつ」という用語がある。単位はパーセントで、ある地域の同和関係者の比率を表す。つまり、100%であればその地域の全員が同和関係者であり、0%であれば同和関係者は一人もいないということになる。

しかし、この混住率にはからくりがある。誰を「同和関係者」と見なすかは、自治体次第である。いわゆる「属地属人主義」であれば混住率は同和地区に古くから住んでいる人の割合ということになるが、「属地主義」であれば同和地区住民は全て同和関係者であるため、同和地区の混住率は常に100%となる。

全国には、領域全体の混住率が異常に高い自治体がいくつかある。全国トップだった高知県吉川村(現在の香南市)は73.4%だ。「罪悪感よりシメシメ感」で最近話題になった滋賀県甲良町は42.94%である。混住率が異常に高い理由は「属地主義」で、しかも同和地区の範囲をかなり大きく取って統計を出しているためだ。従って「その自治体では穢多の子孫が多い」と考えるなら間違いである。混住率というのは、その自治体の裁量次第でいくらでも変わってしまう、いい加減なものだ。

さて、京都府綴喜つづき井手町いでちょうも混住率が高い自治体の1つだ。その混住率は26.53%と言われる。

井手町の同和地区は「北地区」と「南地区」があり、それぞれ、かつては北松原、南松原という名前だった。

1935年当時の統計によれば、北地区の世帯数は143戸、人口は645人、南地区の世帯数は140戸、人口は670人であった。当時の統計が「属地属人主義」なのか「属地主義」なのか分からないが、現在の街全体の人口が7583人であるから、井手町の部落が非常に大きいことは間違いない。

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まずは、下赤田を訪れた。一見したところ、普通の田舎の住宅地だ。下赤田と浜田はJRの線路で隔てられているが、明治期の地図を見ると、部落の中に線路が通されたらしい。

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あちこちに土建屋の看板が出ている。建設業を中心に、自営業者が多いようだ。

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これは八頭龍王神社。

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細い路地があり、ニコイチ住宅があり、大きな家もある。貧富の差が大きい部落であることが伺える。一方で、空き地はあまり目立たない。

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ベンツやレクサス等の外車も見られる。

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土手があったので登ってみると、ここが部落である理由の1つが見えた。天井川である。しかも、かなりの高低差のある天井川だ。

よく「差別のために貧しい」と言われるが、むしろ逆で「貧しいから差別されるようになった」ということが多いように思う。洪水の危険性が高い場所にある部落というのは全国にいくつか見られる。そして、歴史を紐解いていくと、「差別故にそのような土地しか与えられなかった」というわけではなく、別の理由で条件の悪い場所に集落が形成され、条件の悪さにより生じた貧しさ故に見下され、差別されるようになったのではないかというのが筆者の仮説だ。

無論、それだけでは説明できないこともある。

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天井川を越えた以仁王もちひとおうの墓があるこの集落にも細い道があり、そのたたずまいは下赤田と大きく変わらないのだが、ここは部落外のはずだ。違いと言えば、土建業者が多い下赤田に比べ、ここでは畳屋が非常に多い。「朝田」と言うと解放同盟の委員長であった朝田善之助を連想してしまうが、たぶんつながりはないのだろう。

さて、今度はJRの線路を越えて西側に行ってみた。

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これは南猪ノ阪にある北区公民館。名前の通り今は公民館だが、かつてはここが隣保館だった。

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掲示物には、隣保館にありがちな法務省のポスターはない。

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こちらは、段ノ下にある「いで湯」。大人でも1回100円で入れてしまう格安の公衆浴場である。無論、入ってみた。

元部落解放同盟大阪府連委員長である、近畿大学の北口末広教授の持ちネタがが、「風呂屋の入れ墨禁止は差別か、そうでないか」というものだ。北口氏は「差別だと思う人」「そうでないと思う人」と言って、聴衆に手を挙げさせ、「このように差別の概念は時と場合によって変わります」と結論を曖昧にするのだが、ここは「差別だ」と断固主張すべきだろう。部落はもとより、関西の公衆浴場で入れ墨禁止などとは言ってられないはずだ。実際、「いで湯」に入ると立派なモンモンを背負った人が1人いた。

浴場は高齢者が多かった。筆者が訪れたのは、夕方でも少し早い時間帯だったので、夜に行くとまた客層は違うかも知れない。

サウナはないが、中は綺麗で湯加減は丁度いい。番頭の女性に「いやあ、いい湯でした。それにしても、なんでこんなに安いんですか?」と聞いてみると「町営だからですよ。遠くから入りに来る人も結構います」とにこやかに答えてくれた。

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むしろ、「いで湯」の周辺の方が関西の旧同和地区にありがちな光景がよく見られた。空き家の公営住宅、路上駐車、放置自動車、不法投棄、唐突に現れる豪邸である。

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「放置自動車 心も道も せまくなる」

道はせまくなっても、せめて広い心は失いたくないものだ。

東京高裁第9民事部決定出版禁止を維持

以前お伝えしたとおり、全国部落調査の出版禁止の件が係属していた東京高裁第9民事部は、早々と審尋を打ち切っていましたが、16日付けで決定が出されました。決定の内容はこちらです。

決定-H29-6-16.pdf

結論は示現舎側と解放同盟側双方の抗告を棄却で、横浜地裁の決定が維持されました。

その理由は、やはり組坂繁之らが「同和地区の出身」ということが前提になっています。決定にはこうあります。

本事件債務者は,基本事件個人債権者らが同和地区出身者であることの疎明がないと主張するようであるが,証拠(疎甲2~6)によれば,基本事件個人債権者らはいずれも同和地区の出身であることが一応認められるから,上記主張は理由がない。

ちなみに、疎甲2~6というのは本人の陳述書です。裁判所としては、本人が同和地区出身と言い張れば、一応同和地区出身を疎明したということになるようです。仮処分においては「証明」までは要求されず、確かにそれらしいということを示せばよいのですが、出版禁止の仮処分にしては、かなりいい加減に思います。

いずれにしても、あくまで裁判所としては当事者が「同和地区出身」ということが問題になるようなので、「同和地区出身者」から訴えられた場合は、関係者の身元調査をする必要がありそうです。

さて、仮処分は本裁判とは違って、高裁までで終わる「二審制」が原則となっているので、裁判所としては、「あとは本裁判で争え」ということになります。ただ、抗告許可の申し立てと特別抗告を行えば、例外的に最高裁で審査されることがあるので、一応はやってみようと思います。

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