タカタと言っても、一般の人には馴染みがないかも知れない。自動車の部品メーカーで主力製品はエアバッグとシートベルトとステアリング(ハンドル)だ。一般消費者向けの製品といえばチャイルドシートくらい。そう言うと地味に思えるかもしれないが、世界の自動車の年間生産台数は1億台くらいで、それぞれに最低4つはシートベルトが搭載され、複数のエアバックが搭載されているのだから、その市場規模は3兆円以上だ。
その巨大市場の中でも日本最大のメーカーがタカタだ。もとは「彦根の織物屋」だったが、シートベルトの生産を手がけて以来大きく成長し、今や年間売上は6600億円となった。毎年数百億円の営業利益を上げてきた優良企業だったのだが、今年の6月26日に東京地裁に民事再生手続きの申立てをし、倒産した。負債総額はまだ確定していないが、1兆円以上と言われており、製造業では戦後最大の倒産だ。
さて、そのタカタの株主総会が、倒産翌日の6月27日10時から行われた。筆者はひょんなことから株主総会の議決権行使書を持っていたので、株主総会に参加することにした。
株主総会の会場である竹芝のニューピアホールに9時には着いていた。開会1時間前にも関わらず会場周辺は国内外の新聞社、TV局の取材陣が集結していた。まるでキャッチセールスのように「タカタの株主の方ですか?」と通りがかった人に声をかける。まさに株主のナンパ状態。そして株主が応じるとそこに各社が殺到して取り囲む。
逆にいかにも”モノを言う株主”といった風体の投資家は「アンタもあれ(タカタ株主)か?」とこちらに声をかけてくれる。「俺は前からタカタにちゃんとせえといってきたんや」と恨み節。しかしそう言いつつも戦後最大級の倒産劇の株主ということを楽しんでいるような印象も受けた。
また朝一番で滋賀から来たという株主にも遭遇した。なにせタカタのルーツは滋賀にある。滋賀と言えば本誌も滋賀県民並みに土地勘がある。株主からは「アンタも滋賀出身か?」と言われてしまった。総会前後の株主たちの反応を見ると、もちろん全ての株主とは言わないが、タカタへの愛着や信頼感も感じた。10年近く前から続いてきたエアバッグのリコール問題がなければ本来は手堅い優良企業、優良株ということの証左だろうか。
入り口では複数の警備員が警戒していたが、以外に平穏だ。特に人だかりが出来ているわけでもなく、すんなりと会場に入ることが出来た。
倒産直後の株主総会ではあったが、ジュースやお茶などの簡単な飲み物が振る舞われていた。議決権行使書と引き換えに、「民事再生手続き申立てについて」というプリントと、小さな封筒を渡された。封筒の中に入っていたのは500円のクオカードだった。
総会が始まると、高田重久代表取締役・会長を始めとする役員一同が神妙な面持ちでエアバッグの不具合の問題を謝罪し、民事再生手続き申立てを報告し、深々と頭を下げた。その後、法律上必要だからということで、型通りの事業報告が行われた。報告によれば、新興国では振るわなかったものの、中国および先進国での売り上げは伸びて、業績は好調だった。30分ほどの事業報告の後、いよいよ民事再生についての説明が行われた。
倒産の原因は、やはりエアバッグの不具合によるリコール問題である。
2008年にエアバッグの不具合が発覚して、エアバッグが事故時に異常破裂して部品が飛び散って乗員が死傷する事故が相次いだ。この問題の原因は、エアバッグの製造工程にあることが特定され、タカタはリコール等のために1000億円以上を負担することになった。
しかし、その後もエアバッグの異常破裂の事故はなくならず、これは別に原因があると考えられたが、今でも完全に原因が特定されていない。外部の研究所の特定では、高温多湿の環境でエアバッグのガス発生剤が変質し、燃焼速度が早すぎて爆発してしまったのだろうということだ。
これはあくまで筆者の見解だが、ガス発生剤のような化学製品が長期に渡って品質が劣化しないか検証するためには、普通、「加速劣化試験」というものを行う。これは様々な方法があるが、代表的なものは「アレニウスの法則」という温度と化学反応の速度の関係の法則を利用するものだ。品質の劣化が化学反応によるものだとすれば、化学反応は温度が高いほど進行が早くなるので、例えば10年後の劣化状態を知りたければ、10年間検証対象の物質を放置する代わりに、高温の環境に晒してやれば、より短い期間のテストで10年後の劣化状態を再現できるというわけだ。
しかし、この方法が有効なのは、温度によって連続的に物質が変化する場合だけであって、湿気などの他の要因による変化や「相転移」と呼ばれる不連続な物質の変化まで検証することは難しい。そして、タカタが使用したガス発生剤には、不幸にも開発時の加速劣化試験で検証できないような劣化の要因があったということなのだろう。
これは技術者にとっては非常に難しい問題だ。例えば原発を設計する場合、不測の事態が起こった場合はどうなるように設計するか。最悪の場合発電できなくても、暴走するよりはとにかく核反応を止める方向に進むように設計する方が安全なはずだ。しかし、エアバッグは違う。ガス発生剤が劣化した場合に、事故発生時にエアバッグが爆発しても、不発になっても乗員の命に関わる。爆発は確かに危険だが、だからと言って「最悪でも不発」というわけにもいかないのだ。
タカタはエアバッグのガス発生剤として硝酸アンモニウム(硝安)を使用した。かつてはエアバッグのガス発生剤にはアジ化ナトリウムが使われていたが、1998年の「新潟毒物混入事件」で犯人が使用したことから毒性が問題となり、代替品が模索されるようになった。この点、硝安は肥料にも使われるような物質なので毒性は問題にならず、しかも反応後の物質が全てガスに変わり膨張率が大きいので少量で済む。タカタの説明によれば「開発したインフレータ(ガス発生剤を含む、エアバッグを膨張させるための部品)により、ステアリングのエアバッグを格納する部分が小さくて済むのでメーカーに喜ばれた」ということなので、硝安を使うことにはそのようなメリットもあったのだろう。
さて、株主総会では、最初の製造工程の問題によるリコールを「α事案」と呼び、後のガス発生剤の劣化による問題によるリコールを「β事案」と呼んでいた。そして、このβ事案はα事案に比べてはるかに大規模で、原因が特定されないだけに深刻なものであった。
原因が特定されないとは言え、エアバッグを作ったのはタカタであることは変わりない。それでも自動車メーカーとリコール費用の負担割合について交渉する余地はないわけではなかったのだが、ここでタカタの対応がまずかった。タカタはエアバッグのインフレータの試験結果のデータを改ざんしていたことが発覚し、言わば自動車会社を騙していたとアメリカ司法省に対して認めざるを得なくなってしまった。タカタにはアメリカ司法省から10億ドルの罰金が課せられた。
それと並行して、タカタは中国資本の自動車安全部品メーカーであるキー・セーフティー・システムズ(KSS)から支援を受けて再建することを模索したが、自動車メーカーとの隔たりは大きく、交渉は一向にまとまらなかった。
それでも、タカタは6600億円の売上を誇る企業なのだから、金銭的な問題については何とかならないわけではなかったのだが、自動車メーカーからの信用を徐々に失い、特に2017年2月以降、自動車会社がタカタに法的整理を求めているという報道が度々されるようになってからは信用不安が広がり、取引先との取引条件が厳しくなり、銀行も徐々に融資を継続しなくなるような状態だったという。そして、株主総会の直前になってついにギブアップしてしまったというわけだ。タカタは今後、倒産企業として会社の資産をKSSに15億8800万ドル(約1800億円)で売り渡し、そのお金で債務を返済することになる。
それでは、株主の運命がどうなるかと言うと、会社の説明では最終的にどうなるかは裁判所の判断次第だが、債務超過の倒産企業の株なのだから、いずれにしても無価値になるだろうということだった。
さて、いよいよ質疑応答の時間だ。すわ怒号が飛び交うかと思ったら、そんなことはなく、株主は至って冷静だ。質疑応答では、高田重久会長が憔悴しながらも、丁寧に長々と説明するので「マスコミにもそんな風に説明すればよかったのでは」と株主から突っ込まれる一幕があった。また、重久会長の声があまりにも元気がないので「もっと分かりやすく」と株主から声をかけられ、その時は「申し訳ありません」と大きな声で話し始めるのだが、次第に声が弱くなってまた株主席から声が飛ぶということが何度かあった。
筆者も1つ質問してみた。倒産の原因がエアバッグの問題であることは分かりきっているのでさておき、もう1つの主力製品であるシートベルトはどうだったのか? 重久会長の説明によれば、自動車メーカーによって対応にかなり違いがあるが、エアバッグだけではなく、シートベルト等の他の部品についても発注を止められることがあったという。しかも、自動車の部品は車体と一緒に検査して国交省の認可を受けないといけないため、即座に発注を止められるものではないので、2~3年のスパンで考えないといけないということだった。そして、その問題に対処するのはKSSの経営者次第ということで、今後タカタの資産を引き継いだKSSによって立ち上げられる企業も、しばらくは前途多難であることを示唆した。
一方、外の様子はどうかと言うと、総会中の会場から中座した株主が出て来る度に、ご覧の通りメディアに取り囲まれる有様だ。しかも、メディアは重久会長の責任を問う怒号が飛び交うような状況を期待しているようだった。しかし、多くの株主の反応はクールなものだ。
「このような株に手を出した株主の責任なので」「ちょっと少額手を出してみただけなので」
そんな反応があればメディアは離れ、また別の株主にコメントを求めるということの繰り返しだ。
実はタカタの株価は2014年以降どんどん値を下げ、2016年に入ってからはピーク時の10分の1程度になっていた。さらに2017年に入って信用不安が広がってからは、堅実な投資家は早々と売り払ってしまい、倒産回避による一攫千金を目論む投機家が集まり、いわゆる「仕手株」のような状態になっていた。タカタ株は何か報道がある度に乱高下するスリリングで異様な値動きから、パチンコになぞらえて「CRタカタくん」とまで言われていた。
株主総会に参加できるのは2017年3月末時点で株を持っていた人だけなので、株主総会に訪れた株主にどのような人々が多いのか、推して知るべしである。
しかし、前述の通り中にはタカタの創業の地である滋賀県からはるばるやってきたという人も何人かいた。そのことに、重久会長も少し気分がほぐれたのか、社外のある人から「お前は対外的に発言するな」と言われたために自分の口から多くを説明できずにいたことを謝りつつ、倒産に至る過程を話し始めた。
実はスポンサーがKSSに内定する前に、競合メーカーやファンドなど40社位に声をかけたという。約1800億円というのはタカタのような優良企業にしては買い叩かれたものだと株主から不満の声が上がったが、問題は単純ではなかった。重久会長によれば欧州のメーカー(社名こそ出さなかったが、世界最大のエアバッグメーカーであるオートリブのことであると考えられる)に買収してもらう話があったが、それでは規模があまりに大きくなりすぎるため、反トラスト法の問題があって断念したという。KSSに決まったのは、KSSが比較的小さな企業だから買収がスムーズに行くと考えられるからだった。中国資本に買収されることで、中国への技術流出を懸念する声もあるが、タカタにとっては苦渋の決断だった。
全般的に、「タカタの株主は優しいな」と思いつつ質疑応答を見ていたが、中には厳しい質問があった。「道義的な責任として、高田家が私財を投げ打つつもりはないのか」という質問がされると、重久会長は「私財と言っても、ほとんどは株式なので、それがどうなるかは裁判所の判断に委ねるしかないですし、他に事業をやっているわけでもありません」と答えた。さらに「屋敷を売るつもりはないのか」と畳み込まれるとさすがに絶句して「総会の決議事項と関係ないので回答を控える」(これは、企業が株主総会で株主からの質問に答えない場合の定型句のようなものである)と、答えるのみだった。
さらに、別の株主から何らかの形での謝罪は考えていないのか、私財を投げ打って自動車の安全についての研究所を作られたらどうかと提案があった。
「私としても申し上げたいことはたくさんあるし、謝罪の仕方も考えてはいますが、多方面からあってそれができない状態です。いずれ説明する機会を設けたいと思います。最後のご提案については考えさせていただきたいと思います」
重久会長は、時々息をつきながら、そう答えた。
最後に、重久会長等6人を引き続き取締役として専任する旨が決議された。半分以上の株は高田家が持っているので否決されることはないし、何より今となっては株主にとってはどうでもよいことかも知れない。会場には元気のない拍手の音が響いた。