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「権利」という言葉の漢字をひっくり返すと「利権」という言葉になる。両方の言葉の意味は共通しているが、前者に比べて後者の意味はより限定的である。すなわち利権とは、他者を排除して特定の人や集団だけに与えられた権利のことである。
北海道において、アイヌに対する特別な優遇があることは、誰も否定することができない事実である。確かに、アイヌ利権と呼ぶべきものは存在しているのだ。
例えば、北海道の予算から「就職奨励事業費補助金」が公益社団法人北海道アイヌ協会に支出されている。これは「アイヌ住民が就職のために必要とする経費(就職支度資金)、及び自動車等運転免許を取得するために必要とした経費(自動車等運転免許取得資金)に対して」支給されるものである。
就職支度資金は、中学校を卒業して就職したアイヌ住民に対して2万3100円までの金額が支給されることになっている。しかし、今の時代中学校で学歴を終える人はほとんどいないためか、2014年度は支給実績がない。
一方、自動車等運転免許取得資金は各種自動車運転免許、船舶免許、クレーン運転免許の取得費用に対して、5万円までが補助される。この事業については、2014年度は21件、合計105万円が支給された。
他にもアイヌに限定した特別の制度として、高校生への補助(アイヌ子弟高等学校等進学奨励費補助)、大学進学者向けの奨学金(アイヌ子弟大学等修学資金等貸付制度)がある。これも北海道が行う事業だが、費用のうち半分は文部科学省から国費が支出されている。
この制度の対象は、もちろんアイヌの子弟であって、「経済的な理由により進学後修学が困難な者」であるとされる。ということは、単にアイヌであるというだけでは対象とならず、所得制限がある。その基準額は家庭環境によって変わるが、例えば親2人子1人のサラリーマン家庭で公立高校に自宅から通学している場合、他に特別な事情がなければ、おおむね年収600万円である。家族が増えれば、この基準額はもっと高くなる。
北海道の平均世帯年収は2014年で592万円なので、基準額はそれを軽く上回っている。平均世帯年収は極端に高収入な世帯が押し上げている実態があるので、ほとんどの家庭の収入は平均以下である。そのため、所得制限は「経済的な理由により進学後修学が困難」な人に支給するためというより、比較的高所得の家庭を除外するためといった意味合いが強い。
2014年度の実績では418人がアイヌ子弟高等学校等進学奨励費補助の支給対象とされた。支給総額は8477万9934円であり、うち4238万9965円が国費であった。1人あたり平均で年間約20万円が支給された計算である。
一般向けの同様の制度としては、文科省が都道府県を通して行っている高校生等奨学給付金制度があるが、これは生活保護受給世帯か、低所得のため住民税が非課税とされた世帯が対象であって、支給額は1人あたり年間3万2300円(生活保護世帯)または3万7400円(住民税非課税世帯)である。しかも、この制度は、公立高校に通う生徒だけが対象だ。対して、アイヌの制度は私立高校も対象となっている。
2つの制度を比較すると、アイヌを対象とした制度が支給条件においても金額においても、いかに破格であるか分かるだろう。
また、アイヌ子弟大学等修学資金等貸付制度では同じ年度に100人が対象となり、合計8262万6821円、1人あたり平均で約80万円が無利子で貸与されている。対象の所得制限はアイヌ子弟高等学校等進学奨励費補助と同じである。
この制度は、「貸し付け」ということになってはいるが、かつては実質的にはほとんど給付金であった。2009年に小野寺秀道議会議員(当時)がこの問題を道議会で追求し、道側は1982年から2007年まで貸し付けられた合計24億9171万円のうち、21億1612万円もが減免されていたと答弁している。例えば、1人世帯なら年収が585万円以下であれば返済が免除されるというように、返済の減免基準が非常にゆるかったためだ。
このためか、2011年度の貸し付けからは減免基準が徐々に厳しくなり、現在では年収300万円以下の状態が5年間継続した場合となっている。しかし、日本学生支援機構の奨学金が、単なる生活困窮では原則として免除されないのに比べれば、破格の条件である。
これ以外に、市町においては住宅の新築、改築にあたっての貸付金制度が存在している。貸し付け条件はどこの市町でもほぼ同じで、現在のところ新築の場合上限は760万円、年利は2%である。
この事業は最盛期である1980年代には年に100件以上の貸し付け実績があったが、2014年にはわずか3件にとどまっている。ご承知の通り、昨今は低金利政策が長らく続いており、住宅ローンの金利も過去最低水準である。よって、そこそこの信用力があれば2%よりも低い金利で、なおかつ固定金利で民間の銀行から借りることができるので、行政の貸付金制度の存在意義はかなり薄れている。
個人給付的な事業以外では、ケタ違いの税金が投じられている事業がある。例えば「アイヌ農林漁業対策事業」だ。これは、アイヌ農林漁家の戸数が原則として3戸以上ある地区を対象として市町村が実施する事業に対し、3分の2の予算を国が負担するものである。農林水産省か所管しており2011からは「特定地域経営支援対策事業」という名称に変わり、沖縄に対する農業対策とセットになった。2015年には2億2800万円の予算が組まれている。
しかし、この事業については「アイヌ」と名がつくものの、その中身は例えば東日本大震災で被災した漁業施設の復旧等にも使われており、アイヌ利権というよりは、アイヌを名目に地域対策の予算を国から得ているようにも見える。
また、産業対策として「アイヌ中小企業振興対策事業」というものがある。これは「ふるさと名物応援事業」という名目で、中小企業庁からアイヌ民工芸品の振興のために特定の企業・団体支出されるものである。2015年の予算は716万5000円であり、支出対象はアイヌ協会1団体だけである。
この事業については、実質的にはアイヌ協会を対象とするために続けられているようで、アイヌ利権というよりは「アイヌ協会利権」と言うのが適当かも知れない。
さて、これらの制度が何をきっかけに、いつから始められたのか。実は、その歴史をひもといていくと、必ず「同和問題」にぶつかるのである。
本州で行われた同和事業を知っていると、北海道で行われているアイヌ向けの事業が同和事業に非常によく似ていくことに気づく。似ているどころか丸っきり同じものもある。それは当然のことで、アイヌ事業と同和事業は歴史的にも政治的にも互いに影響しあってきた。
同和事業と共通するアイヌ対策
国家事業として行われた同和事業は、「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」(いわゆる「同和地区」)を対象として1969年から2002年まで行われた。
対象となる同和地区は、古文書や口伝を手がかりに、かつての穢多村など、差別されている地域を地方自治体が認定し、それを国(当時の総理府の同和対策室、後の地域改善対策室)に報告する形で把握された。施策の対象者の認定方法は地域や時期によってまちまちであるが、多くの場合は、事実上同和地区関係者により組織された民間団体である部落解放同盟によって認定されていた。
同和事業のうち、個人給付的なものとしては、就職支度金、運転免許の取得費用の補助、進学奨励金、奨学金といった制度があり、これは北海道で現在アイヌに対して行われている施策とよく似ている。
これらの施策は、国による同和対策事業が終わった現在でも、市町村によっては一部が残っている。しかし、「逆差別である」「時代遅れである」「格差が解消した」「別の制度で代替できる」といった理由で、これらの制度を廃止する自治体が年々増えているのが現状である。少なくとも、都府県単位ではもはや残っていない。
例えば、鳥取県米子市では2009年度まで同和地区の高校進学者には月8000円の進学奨励金が支給されていたが、2010年度から国の高校無償化制度が始まったことを受けて廃止した。
しかし、事実上の国費による事業が残っている分野もある。例えば、厚生労働省が管轄する隣保館事業である。同和対策で設置された福祉施設である隣保館の運営費用の3分の1について、未だに国が予算を支出し続けている。
この事業は同和対策事業が始まる以前の、1960年から「地方改善事業」という名称で続けられてきたものである。つまり、名目上は同和対策事業とは関係なく行われてきたため、残ることになったのだろう。
実はこの事業、本州以南では事実上の同和対策だが、1961年に地方改善事業費に「ウタリ対策福祉費」が盛り込まれて以降、北海道ではアイヌ対策として行われている。北海道の各地にある「生活館」という名称の施設は、厚生労働省では隣保館として位置づけられていて、同和対策の隣保館と同じく現在でも国費が投じられている。
(次回に続く)